1625 信教の正反対は,拝金主義であって悪魔教崇拝ではない。拝金主義者は実は世界数十億人の信教徒が怖い

最近,YouTubeを見ていると,
悪魔教崇拝(ルシファー崇拝)等がやたら出て来ます。
彼らは,世界三大宗教のようなものは信じず,悪魔を崇拝するというのです。
お釈迦様やキリスト,マホメットの生き様や言葉を少しも正しいとは思わないだけでなく,更に進んで悪魔を信じる人達が世界統一政府,NWOを樹立するのだというわけです。

でも年配の私が小さい頃は,そんなことは聴いたことが有りませんでした。
神仏を信じない,つまりは信教の反対とは,
無神論とか,共産主義とかぐらいでした。

現に戦前,列強のよる日本への侵略を防ぐため,
多くの日本の志士達(なお,時代的にその祖父は江戸時代に生きた武士だったかも)が海外で丹念に調査して書いた書籍の中にも,
秘密結社,フリーメーソン,イルミナティについて書かれたものがあります。
著作権切れのものは,国立国会図書館のHPからダウンロードして読めます。

そんな書籍でもそのようなことは出て来ません。
もちろん,戦前の書籍でも,最近の話題と同様,
・世界統一政府を目ざすとか,
・国境を無くせとか,
・国王を倒せとか,
・愛国心の砦である軍隊を廃滅せよとか
・男女の性差をなくしフリーセックスを礼賛するとか
・家族を解体せよとか

今のNWOと寸分違わない,同じことが出て来ますが,
それでもなかなか悪魔崇拝だけは出て来ません。
(なお,彼ら,秘密結社のネタ本とはルソーです。これは間違いないです。)

戦前の本では,宗教の反対は,やはり無神論だとか,唯物主義とか(マルクス共産主義)くらいしかでてきません。


【信教の反対は,拝金主義】
世界三大宗教等について現に信仰心のある方はもちろん,
多少でも宗教学や宗教哲学を勉強したことがある方は直ぐに分かると思いますが,
宗教の本質は,世俗を時に応じて離れることにあると思います。
もちろん,隠遁生活をしている方でもないかぎり,
日々の世俗生活を完全にというか客観的に離れることはできませんが,
心の中で,つまり観念の世界で,一旦世俗を離れるのです。
それで世俗の欲を,バーチャルの世界としてかもしれませんが一旦離れるのだと思います。
そうやって心をリセットして,逆にどっしり地に足の付いた生き方を再確認するのです。

因みに,これに対し,世俗の欲の王はなんでしょうか
恐らく間違いなくお金であると思います。

    このように対比して見ると,
    信教とは,例えばいみじくもお釈迦様がその身を以て示されたように,
    お金を中心として構築された社会や自分のものの見方考え方(固定観念)を,心の中でいったんひっくり返して見てみることだと思います。

    来世とか,死んだ後の世界のことをどの宗教でも言うのは,そうやって俗世・俗物から別のところに視点を移すことにより,現在の生にしがみついたり,つまりは世俗の欲・禁欲にまみれた心をいったん解き放つためなんです。そのための方便なんだと思います。

    だから,宗教の力( = 信徒の力)を削ぎたいと思っていた人達が→後注)
    かつて無神論や唯物論を唱えたのは,その意味で正解と言えば正解なわけです。
    現実社会しかない,意味があるのは物だけだと喧伝してまわるわけです。それは世俗に対する視点の固定化になります。
    そして,この世が世俗のみ,そして物のみとなると,それを最も多く支配する者達こそが最も偉く,なおかつそれを持っていない人を支配できる,とこうなるわけです。
    それはまさに超ド級のお金持ちのことです。


【信教の反対は拝金主義】
こうして見てくると,信教の反対概念の究極は,拝金主義ということになります。

お金こそが万能だ,万能できゃならないという考え方こそが本質的かつ根本的に正反対であるということになります。
全てお金に物を言わせたい人達です。
物も人心(女性の心も)も他人の命でさえも,お金で買えないと困ると言い張る人達のことです。

ただ,心の底からお金に物を言わせたい人達とは,
実は実は特殊な方々であり,
そうそう世界中に多く居るわけではないはずです。


【民主主義とメディアの発展】
ところが今は,戦前とは違い,民主主義がどんどん進展しました。メディアも発達しています。
民主主義やメディアの進展により,人々は法律制定を通じて何でもできることを知りました。
すると,そうした少数支配者にして超ド級の拝金主義者は恐怖となります。

    戦前は,今みたいに,お金持ちと平民との格差は少なく,
    金持ちと平民とは相対的な違いでしかなかったのです。
    ただ,今は,上位10人ほどの人が世界の富の99%を得るに至ったのです。
    その超ド級のお金持ちからすると,三大宗教の民衆パワーは恐怖でしょう。

自分達に直接向かってくると困るのてす。
しかも自分達に向かってくるのは,信教徒くらいしか居ません。
しかしそれは世界で何十億人もいます。
それはさすがに怖いはずです。

私は,たから,以前は余り用いられなかった悪魔崇拝というのを担ぎ出して,世界の信徒達と対峙・対決させようとしたのだと思います。
信教者と拝金主義者(超ド級のお金持ち)との正面衝突を避けようとしたのです。
「あなた達の敵は,悪魔崇拝者ですよ。我々(超ド級のお金持ち)ではないのですよ」と。

信教徒には,あくまで信教の枠内で戦って貰うように,
と,世界数十億人の信教徒の目や議論をそらそうとしたのだと思います。→後注2)

従って,芸能人や著名な政治家が随時やっているハンドサイン等に一々目くじらを立てもしょうかないと思います。


    後注)
    フランス革命が成就した時,主催者は何と言ったか
    「これからは,宗教の神(仏)を崇拝するのではなく,
    人間の理性というものを神して崇拝するのだ」

    です。以前は信教に対し,科学等の理性を対決させようとしていました。

    今も大いに幅をきかせている「近代」とは,このように,当初から宗教を敵視し,これを潰そうとしていたのです。

    また,超ド級のお金持ちは,信徒達が結集して貰うと困るので,共産主義やサヨクリベラルという一見民衆サイドのイデオロギーを拵え,宗教にとって代わって民衆を結集させるようにし,もって,彼らには決して矛先が向かないようにしたのです(マルクスはあるお金持ちに頼まれて共産主義を作りました。)。
    共産主義やサヨクリベラルは,そのイデオロギーにもかかわらず,これまで現に超ド級のお金持ちに楯突いたり矛先を向けたことが一度もないですよね。
    かえって,ソロスという大金持ちはサヨクを煽動して,自分達のために用いている。


    後注2)
    戦後,何かと,宗教と宗教同士を互いに争わせる戦争をやたら起こってきたのは,
    そのためだったといえます。
    実際そうした宗教戦争の結果,きっちりと利益をあげた人達がいるのです。

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