1590 面会交流事件の万能薬!? 調停手続中の試験的面会交流

家裁の審判(裁判官が決定する。俗にいうところの「判決」「決定」)の中でも,とりわけ評判が悪いのが面会交流の審判だと思います。

面会交流は,両方の生活状況,とりわけ子どもの状況をきめ細かく取り入れる必要があるのに,裁判官の裁定する審判では,オール・オア・ナッシングの両極端の判断になることが多く,調整機能が働かせにくいからです。

    いつも,調停委員や調停委員に任せっきりのことが多いのだから
    こんな時ばかりにしゃしゃり出てこないでと言いたいです。

    調整の必要な面会交流ですので,調停によるすりあわせが適任であり,審判は本来なじみません。
    (調停なら,それこそ,理論上,0ないし1から100までのグラデーションの中から選べます。)

    しかも家裁の裁判官は,家事事件に対しやる気のない方が実は多くいます。
    民事事件を担任したいという希望を持っていたりするため,気持ち的に腐っていることがままあるのです。
    支部ですと,三回に一度くらいしか良い裁判官を寄越しません。

    審判を求めると,正反対の結論に持って行かれて,本当に慌てることがあります。
    なので,面会交流は,あくまで調停で,調停委員や調査官を交えたネゴをゴリゴリやるのが基本です。

    問題は,結局,その調停を如何に充実あらしめるか,に尽きるのです。


【面会交流は,実は争いが多く,難しい】
専門家の調査官さえも含む裁判所がそもそも勘違いしてないか
と疑われることが面会交流事件では発生しています。

面会交流事件というのは,様々な案件がありますが
そのプロパーのものは,要は,
親権や監護権を取る能力も意思もない非監護親が監護親に面会させろという話です。
(親権を争って裁判で負けたので,やむなく面会交流をという親も居りますが,そのような親の場合は,子どもを心底可愛がってきた親であるため,面会交流の裁判が難航することはあり得ないことです。)

現に子煩悩の父親に言わせると,
「えっ!? どうして,親権を取る気もない(可愛がってこなかった)のに,
子どもに会いたがるの?」
と驚かれることすらあります。

    例えば両親が親権や監護権を巡ってがちで戦う場合は,本当に子どもを自分の許で育てたいからです。少なくともその責任感はあります。
    これに対し,面会交流の裁判は,(元ないし別居した)夫婦の個人的な駆け引きや利害が入り込みやすい事件類型です。

    面会交流裁判は,だからこそ,監護親からみて,そんな無責任な非監護親(例えば父親)に会わせる気が起きにくいのです。

    それが面会交流の裁判を難しくしている大きな原因の一つだと思います。

    そしてそれに輪を掛けて,裁判官がしゃしゃり出てきて,本来調整が必要な面会交流裁判を一刀両断に決めたりすると,一層問題が拡大します。


【調停段階で,試験的面会交流をするべし】
私は,当事者間で難航する面会交流の事案では,
必ず試験的面会交流を調停段階でするべしとの考えを持っています。

当事者間の調停協議が整わなかったら,即,審判移行というのは,おかしいと思います。
そもそも,調査官が調停に立ち会っていたからといって,
子どもの調査は何もしていないのです
(調査官は調停でも調査はできるのが法律のたてまえです。)。

面会交流は,母親の問題でも,父親の問題でも無く,子どもの福祉の問題です。
子どもの調査なくしてなぜ,両親の意見が噛み合わないからと言って
調停を終わらせ,すぐさま裁判官の審判なのでしょう?
おかしすぎます。

もちろん審判になれば,調査官が子どもの調査をします。
しかしながら,審判では,もはや調整機能が働かせられません。
調停段階であれば,調査官は,調査とともに,調整機能を働かせることは可能です。

前記のとおり,面会交流ほど,別居の両親の各家庭,そして子ども生活や状況との調整が必要な場面はないのです。
調停で子どもの調査をせずに,一足飛びに審判というのは拙いはずです。


【試験的面会交流は素晴らしい】
試験的面会交流は,子どもを,調査官立ち会いの元で,非監護親と試しに会わせてみて,その状況を把握するという調査手法です。
調停段階で試験します。

これは両親の身勝手な?理屈や目論見と関係なく,
まさに子どもが非監護親をいわば審査するような側面があるので,
やはり優れた運用だと思います。

    立派なお父さんでも,失敗することもありますし,
    酷い親と思っても,子どもが求めることもあります。

    会うのは,子どもなのですから,子どもの意思を尊重したいものです。

仮に,面会交流が困るという親御さんの場合でも,
もし後の審判で,面会交流相当という判断がいきなり出たときは,大慌てになってしまいます。
しかもその時に面会を拒むと・・・・。

「最悪の事態」が起こる可能性があるなら尚更,まず試しておきたいはずです。
また試せば,失敗して面会不適と判断される場合もないわけではないですし,
そうでなくとも問題点がうきぼりになることもままありますので
それを今後の課題として活かすこともできます。

とにかくいきなりぶっつけ本番は困る。
→後注)


【試験的面会交流をするべき場合】
元家裁調査官が書いた書籍によれば,
試験的面会交流をすべき場合とは,
1 監護親の不安を払拭するべき場合
2 長期間子どもと会っていない場合
3 子どもの反応を確認したい場合
4 監護親が,非監護親による連れ去りの危険を主張している場合

であるとされています。

これは,私の実務感覚では,
問題になる面会交流事案で,このどれにもあてはまらないのは殆どないと思われます。

    外れる事案とは,本来監護親になっても良い程,子どもにちゃんと関わってきた親や,
    反対に,子どもを虐待してきたという意味で面会する資格がまるでない親失格の方くらいだと思います。


【婚姻費用や離婚問題とは一応別であるが】
なお,面会交流の問題の場合,
婚姻費用の不払いや離婚原因の有無(出て行った親に離婚原因があったり,不貞をしている場合)とは,別の問題だと言われてしまうことがあります。

しかし,その時は,常識で対抗するべきです。
「理論的には,面会交流と,婚姻費用や離婚問題とは確かに別でしょう。
しかし子どもの目線に立って下さい。
子どもは,そんな区別なんて出来るわけないじゃないですか!
会うのは子どもなんですよ!」

と。

しかし大事なことは,この場合であってもなお
当事者間(=親同士)の意見が調停でまとまらない時は
やはり審判手続移行前に,試験的面会交流をするのが正しいことです。
→後注2)

面会交流の場合,審判は,あくまでも最後の最後の手段です。
どんなに面会を拒否したい場合でも,です
(例外は明白な虐待の場合で誰からみても却下してくれる可能性が著しく高い場合のみ)。
→後注3)


    後注)
    同居親は,その意味で,面会交流の調停が始まった当初から,
    最悪の事態を想定して,試験的面会交流をしなければならないこともある旨は,
    十分に子どもに説明しておくべきです。

    子どもがしんどい時には,立ち会いの調査官が試験面会を中止します。


    後注2)
    もし,試験的面会交流であってもどうしても辛い場合は,理由を用意して,調停段階から調査官に対する調査命令を裁判官に求めるという手もあります。
    ただ「審判に移行してからでよいでしょう」と押し切られてしまうかもしれませんし,
    いずれにせよ,試験もなされないままでいきなり面会交流を是とする判断が下される危険があります。
    そうなれば,やはり子どもさんだって大いに慌ててしまう場合も少なくないのではないか,
    それを心配するのです。

    私が見たところ,現在の日本の世論は,「親である以上面会は原則としてさせた方が良い」という意見が趨勢だと思いますので,そうした危険は常にあるとして準備すべきではないでしょうか。


    後注3)
    「面会交流を否定する考えは,家族家庭の分断を図るものだ!」との過激な立場の方がいます。
    彼らは,だから,面会交流は余りにも当然のことなのだと言うのです。

    しかし,一言だけ反論すれば,
    だったら,自分から,子どもを捨てて,出て行って,子ども達のための生活費も払わないのは,家庭破壊・分断行為ではないのか,です。

    そのご立派な御説といえども,責任感のない親による面会交流請求についてだけは,少なくとも違うのではないかという意見だってあって別に良いのではないかと思います。

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