1567 リーガルマインドとは/弁護士は法律サービスという限定世界の「物」を販売するのみ

リーガルマインドという言葉があります。
比較的よく聞く言葉かもしれません。
少なくとも大学で法学や憲法の授業(一般教養でも)で少しでもかじったことのある方なら,法学部生でなくとも一度は耳にしたことがあると思います。

私は、大学三年生の当時慶応大学教授倉沢さんの説明を聴いて,
心から納得した覚えがあります。
それは,
「リーガル・マインドとは,法律の限界を知ることだ」
(換言すれば,法律による解決にふさわしくない場面では,他の学問や学道に道を譲ること)
です。

如何にもズバリではありませんか?

    倉沢先生は,自分とは異なる他の学説を「間違ってますよ!」
    と一刀両断に斬り捨てる言い方をするので,
    一面「そんなんでいいのかな」と思いつつも
    論旨が明快で、講義は本当に分かりやすかったし,
    何よりも楽しく勉強させていただきました。
    心より感謝申し上げます。

法律家は,自らが万能である,何でもできるなんて思っちゃいけない。
本当にその通りですね。
法律の限界を知らないといけない。


【実はどんな学問でもいえる】
倉沢先生のこの定義を応用すれば
それこそ,すべての学問・学道にあてはまると思います。

「エコノミクス・マインドとは,経済学の限界を知ることだ」
とか,
「メディカル・マインドとは,(西洋)医学の限界を知ることだ」
とか

倉沢先生のご説明は,こう言った意味でも,素晴らしい回答を提供してくれると思います。


【法的解決は,人の人生の幸福を保証するものではない】
ここで,もう少し言い方を変えて,検討します。

私が30年も経験してつくづく実感するのは,
法律家は,法律サービスという特殊な「物」を有償で提供,つまり「販売」するだけだということ。

もちろん依頼者のために,とことん尽力するけれども,
何十時間も膝詰めで法律相談をし,協議を重ねるけれども,
実は,その方の人生問題のごく一部について,所与の法律を道具にして,何らかの処理をして差し上げるだけです。

それは,あかたも個人商店でも,Amazonでも,はたまたトヨタや日産等の自動車販売店でもしているような,物品やサービスの販売をしているのと所詮変わらないということです。

仮に一個人や一企業の顧問弁護士になったとしても,
それは単にお得意様というだけです。
それは例えば,ある洋服仕立屋さんが,定期的に背広をお得意様に提供したり,同じ車屋さんがずっと定期的に新車等をお得意さんに提供するのと変わらない。
要は,売買契約等が反復継続しているだけということです。
(身も蓋もない言い方ですが,実体はそれです。)
お得意様であれば,他の一見の客よりも,精一杯心配りをするというのはあるでしょうが,それは仕立屋さんでも車屋さんでも一緒です。
「旦那にお似合いのいい生地が入りましたから,いの一番にお知らせしました」とか。

ここから言えるのは,要するに,弁護士のサービスも「物」の「販売」等でしかなく,人生の根本問題等に手当をするものではない,限界があるということです。→後注)

    「物」というと,多くの場合,経済的豊かさの問題に帰着します。
    それは,物の販売に関するどの販売商法の方とも似たり寄ったりです。

    もちろん,良い物は人々の生活を豊かにします。
    実に心地よいものです。本当に感動を覚えます。

    しかしながら,語弊があるのはどうかお許し戴きたいですが
    それが人々の人生の本当の意味での幸不幸のすべてをカバーしているかと言いますと,残念ながら違うと言わざるを得ません。
    失礼な言い方ですが,それは法律家だけでなく,他の物品商売の方についても一緒です。
    物は,物でしかないと言うか,それ自体の素晴らしい効用はもちろんありますが,人々の人生の幸せ全部をカバーできない限界があるのです。


【加害者に損害賠償することと,自分の人生を見つめるのは両立する】
早い話,弁護士を使って,加害者から損害賠償を勝ち取ることは大いに結構なことです。
正義は勝たねば,貫徹されねばなりません。
自分が泣き寝入りすると,別の人が同じ被害にあったりもします。

ただ,それはそれとして,というか弁護士に全部預けて,心の負担を軽くされた上で,
もし,(どんな事件であれ,)その事件をきっかけに新たな転機が到来するなら,がっちり掴んで欲しいと思います。本当の意味で幸せになって欲しいからです。

過去に起こった問題のきっちりとした検証や清算はもちろん大事です。
しかし同時に,自分の精神世界の中で人生を見つめ直したり,
前から気になっていたがふん切りがつかなったことに
大きく積極的な一歩を踏み出すことが出来そうなら,
その事件に感謝せよとはもちろん言いませんが(心底お辛かったでしょうから)
事件は弁護士に任せて,新しい晴れやかな人生の第一歩を踏み出して欲しいくらいに思います。

このように,弁護士は法律という極限られた世界に基づくサービスという「物」を販売するだけです。
「物」は「物」,それ以上でも以下でもない。
それでも良い法律サービスを受けることが出来たら,「この先生心地良いな」と思って戴けたら,そして報酬をはずんでくれたら弁護士はなお助かります(恥!)。
でも法律は前記のとおり,限界があるのですから,それはそれとして,思わぬ自分の人生のチャンス到来を見過ごさないよう,注意深く見張って欲しいと思います。

だから,いうのです。
リーガルマインドとは法律の限界を知ることだ,と。


    後注)
    「限界」というと,時間的限界や,対象物的限界もあります。
    弁護士は,依頼された事件が終われば,以後権限を完全に喪失します。
    時間的にも,処理した対象事件に対しても。
    まるで何もなかったかのように,とにかく弁護士は何もしてはいけません。
    (アフターフォロー以外は。)

    もちろん,ある事件について現在依頼されている最中でも,
    依頼されていない別の案件には何も触れてはいけません。
    依頼事件の処理に密接に関連しない限り,見ても聞いてもいけません。
    依頼された委任契約には,元々含まれていない,権限を戴いていないからです。

    弁護士の法律サービスとは,このように,時間的にも,そして対象的にも限定された「物」です。

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