1539 唯物主義は,ナチスやソ連の独裁に連なる/法実証主義は唯物論の法律版

よく,マルクス,そしてフロイトもそうでしょうか。
唯物論というものが,まことしやかに言われています。

唯物主義とは,哲学者のある書物によれば,人間ですらも単なる物質とみる考え方です。
人間という「物質」こそを絶対とし,その外にあるものによって規定することを一切認めないという考え方です。
人間という物質のほかに,別途神性(精神性)なるものを一切認めないわけです。

    これによれば,人間という物体をして自らそのなすがまま,なるがままに容認助長するしかないことになります。ただ人間という物質の持つ最大効用を引き出すのみなわけです。

    そこには善も悪も,道徳も正義もなく,自らの性欲や貪欲,感情や欲望・情念・野望を,ただスーパーフリーに最大発現させることを是とし,これを制約するものは一切認めないということになります。

    ですから,例えば,宗教や道徳の効用として認められるような,
    情欲を抑制し,邪な性癖を強制するべことはしないということです。
    肉体とは別に神聖な道徳や誠実さ等の精神を掲げてみても,ただ物笑いとなるだけです。

    そしてこの最終の帰結は,人類に,著しい道徳廃退を招き,かえって,山林の野獣などよりも,遙かに劣った存在に堕してしまうことにもなります。


【唯物主義の帰結が,ソ連の暗黒】
マルクスの共産主義が,ソ連でもどこでも,血の粛清を大いに断行したり,
性的に乱れきったり,子どもが徹底的に蹂躙されたりするのは,
ある意味当然の帰結なわけです。


【ヒトラー流の「悪法も法なり」も所詮法律版唯物主義】
ヒトラーが非難されている理由として,
ヒトラーは,法律万能の,「悪法も法なり」を使い,
法律に書かれれば,それこそ何をしてもよいというタテマエを貫きました。

これは法実証主義という考え方によります。
法律に書かれたことがすべて。
書かれないことは一切考えてはいけない。

つまり,人類普遍の道徳のようなものを,法律の適用の際に用いようとしても,法文から読み取れない限りは,無理ということなのです。

これは,前述の唯物主義そのものです。
法律版唯物主義です。
登場した時期もほほ一緒です。


【今の憲法学は法実証主義は後退させている】
「法律に書いてあれば何でもできるが,書いていなければ正しいことでも一切用いてはならない」という法実証主義では、ナチスの台頭を防げなかったとして,
今では,たとい議会が決めた法律であっても,憲法の理想に反している場合には,法律を無効にすることが出来るという高次の正義法の観念を導入する考え方が主流です。
(法の支配)

しかも憲法は,英国のように,憲法典がなくても成立することからも,
正義の法は,見えないものであっても構わないわけです。

それによって,法実証主義という唯物論を乗り越えたのです。


【唯物論は法律でも人間でも間違い】
今や共産主義が世界的に否定されているように,唯物論は間違いです。
唯物論は人間を鬼畜にする思想です。

法律版の唯物論である「悪法も法なり」(法実証主義)も,もちろん間違いです。

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