1503 「自由・平等・世界同胞」(=無責任)は「まもる・敬う・絆」(=責任)に置き換えよ。

東北大震災で,世界中を驚かせたもの,
それは,こんな大災害の緊急困窮時にさえ発揮された,
日本人の規律正しさと,他者への思いやりでした。
それはやがて「絆」という美しい言葉で綴られる様になりました。

そうです。
世界は,この240年もの間,「自由・平等・世界同胞」の美名の下に,
国家や伝統社会,宗教,民族,郷土愛,家族愛を失わせてきたので,
(グローバリストに好都合だからです。)
このような,日本人の規律正しさや隣人他者への思いやりは,
かの『正義の講義』で知られるハーバード大のサンデル教授も,赤面して裸足で逃げ出すほどの驚異的な出来事だったわけです。

    彼は,正義と称して,不道徳を推奨していましたから。


【福島復興への責任感がない日本政府】
ところが,日本政府は,福島復興に対する責任感を持っているとは言えません。
中々進んでいきません。
熊本大震災もそうです。

やはり政治や官僚は二流というべきなのでしょうか。

むしろ日本政府が世界の勢力から影響を受けているからかもしれません。
(小泉とか竹中平蔵とか。そしてジャパンハンドラーズとしてのマイケル・グリーンバーグ,ジョセフ・ナイ,アーミテージもいました。 →後注)

    かつて,「自由」と「責任」は対義語だと言われました。
    公務員試験をはじめとして,入社試験では,
    「自由と責任について述べよ」という小論文問題が繰り返し出されました。
    ・・・・今では,そんな問題は出ないかもしれませんね。
    今はグローバリズムですから。

    子ども達が,郷里を捨てて都会に出て行くのは,「自由」です。
    でも,自分の生まれ育った故郷や,育ててくれた親や祖父母,
    そして家や土地を護る「責任」というものがないことがある。

    しかも今は,地域を護る田中角栄のような政治家は居なくなりました。
    (こうした政治家が,決まって失脚させられたからかもしれませんが。)
    票のため,表向きは地域優先のようですが,都会への一極集中の解決を掲げる政治家は少ないです。
    繁栄する東京に移り住む「自由」ばかりが強調され,地域を護る「責任」は語られなくなりました。

「自由・平等・世界同胞」のグローバリスト思想が日本でも進行しているのかもしれません。
彼らの思想からすれば,あともう一歩,国境の壁さえ取り払えばよい段階にまで達したことになるのではないか?


【自由・平等・世界同胞は,専制,特権,圧屈,奴隷とセット】
実は,アメリカ独立当時の1776年の最初に,
自由・平等・世界同胞を唱えた,ワイズハウプトという人は,
この言葉のみならず,専制,特権,圧屈,奴隷という対義語とセットで使って,世の中を変えなさいと訴えていました。
そうすれば,人民も,政府のお役人も皆 動かせると踏んだのです。
例えば,自由・平等・世界同胞に難色を示す人達には,「専制,特権,圧屈,奴隷」を未だに信奉する人だとのレッテル貼りをするのです。

彼は,国家のみならず,宗教や,父権,つまり家族主義も否定していました。→後注2)

    つまり,自由という無責任を吹聴して,(宗教)道徳を破壊
    平等という名で,親子や師弟の関係等を分断し,
    世界同胞(四海同胞)という美名で,国境を破壊しました。

それに,異議を唱えるかのように,真っ向反対の事実を突きつけたのが,
日本の東北大震災にみる「絆」現象でした。


【今後は「護る,敬う,絆」】
「自由・平等・世界同胞」の言葉は,
元々僅か240年の歴史しかなかったとはいえ
もはや古くさいものとなったと私は思います。

これらの言葉は,すべて無責任です。
例えば,世界同胞と言ったって,その人の出身地の国が先ず責任を持つべきです。
しかも,大国だからといって徒らに小国を破壊して,難民を出させるのは間違いです。

今後は,むしろ「まもる,敬う,絆」で行くべきです。
これらは,責任感に満ちた言葉です。

    ①まもる
    国を,国土を,地域を,伝統を,歴史を,家族を,法律を,道徳を,社会のルールをまもる。

    ②敬う
    互いの立場をありのまま尊重してうやまう。
    両親や先生,年長者を敬う。身体の強い者,弱い者をそれぞれそのまま敬う。
    平等だの差別だの浅はかな観念は捨て,各々にある差異をありのままに認めて敬う
    (いわば「人参に大根の白さを求めず。猫に犬の恭順さを求めず」)

    ③絆
    国家,地域,家族等の絆を大事にして,国を,地域を,家族を助ける。


      後注)
      郵政民営化の際は,広告宣伝費だけで,米国企業から5000億円のお金が
      テレビメディア等の大元締めの電通に流されたと言います。


      後注2)
      彼らに影響された思想は,ルソーの思想です。

      ルソー曰く,「目ざすところの自由とは,要するに,女,美食,怠惰・安逸」だと。
      つまり,女性や弱い者を護る国家,社会,宗教,家族(父権)を壊していき,その上で,女性には耳障りの良い自由平等,世界同胞を訴えれば,心を許して,隙を作るだろうから,彼らが渇望して求める「(性的な)自由」がじゃんじゃん手に入るというわけだ。

      またそうだからこそ,性的自由に関して最も厳しい態度を示す宗教を敵視するわけだ。
      (伝統的な宗教とは真逆のイカレタ新興宗教を作って広めるのも同じ理屈。
      LGBT運動支援も結局はそれか。もっともっと性的自由が欲しいからではないか。)

      保守政党よりもむしろ,「自由・平等・世界同胞」を掲げる革新政党の方が,醜悪な下ネタのゴシップ記事が多いのは,そのせいか?

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中