1497 面会交流の裁判事例の多くが濫用事案!?~「子ども中心の面会交流」(日本加除出版)は必読書

私は,家庭裁判所元裁判官としての実務経験を等して,たどり着いたものは,
繰り返し述べているとおり,
(仮に母親には負けるとしても)親権を現実に受け取るに値する,子ども本位で生きてきた父親であるなどの特段の事情でもない限り,裁判でわざわざ面会交流を求めなければならない父親は,濫用事案が多いのではないか,です。

離婚後もなされる面会交流は,実はむしろよくあることであり,
それは夫婦仲が悪くとも,どちらも子どものことを可愛がっていた場合,
離婚しても面会を否定する監護親は,実は圧倒的に少ないのです。
(調停離婚であっても,調停委員や調査官は,何の苦労も要しない事案が大半です。)

監護親も,正直子どもに対しては「離婚してしまったことを申し訳ない」と思っています。
だから,子どもがお父さんに可愛がられていた場合で子どもが父親に会うことを望んでいるにもかかわらず,面会を拒否する監護親はほとんど居ないのです。

ところが,裁判でわざわざ申立てなければならない面会交流というものは,むしろ相当歪んでいるとさえ思えます。


【遂に名著登場「子ども中心の面会交流」】
少し前の発売で,知らなかったのですが,新しい切り口の書籍を見つけました。
「子どもファースト」「責任ある父親ファーストではない」,本来の面会交流のあり方を探る労作です。

私の長年思ってきたことが間違いではなかった,
むしろ調査官による実務運営の方が余りにも浅はかで間違っていたと確信しました。

これまでの裁判実務への怒りを元に書かれた?渾身の書物です。

久々にお薦めの書籍です。

子ども中心の面会交流―子どものこころの発達臨床・法律実務・研究領域から原則実施を考える
(リンク有り)

    子ども中心の面会交流―子どものこころの発達臨床・法律実務・研究領域から原則実施を考える
    この書籍は,アマゾンでも,未だに中古安売りがされていません。

この書籍の要点は,
民法766条によれば,「父母が協議上の離婚をするときは・・・・父又は母と子との面会及びその他の交流・・・・について・・・・は、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」
とあるにもかかわらず,結局子ども優先ではなく,非監護者の利益ばかり優先になっている,実務運用の誤りがある,としている点だ。
しかも非監護者の責任は一切問われないという大問題があるとする。

「父親が家庭の平和や円満さに協力的であったなら,面会交流はどんどん進む」
・・・・当然のことです。

名著です。

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