1466 憲法学者に聞こう,「前国家的権利って,大金持ちグローバリストの発明では?」と

憲法の人権は,国家と国民との間の関係を規律するのを第一としています。
なのに,前国家的権利というのがあるのです。

要は,国家成立の前から(国家の有無に拘わらず),人間が生まれながらに当然に持っている権利とでも言ったらよいのでしょうか。

国家の成立前からというと
「ああ,中華人民共和国成立(1949年)以前に生まれた支那人のことね」
と言われる方も居るかもしれませんね。

でも,2700年も前から国家がある日本では,そんな日本人は居ません。

国家の成立の有無に関係なく,と言い換えても日本人にはピンときません。


【日本は実は,大昔から表現の自由権を持っていた。】
表現の自由権というのは,
前国家的権利の典型例と言われます。

しかし,日本では,万葉集の昔から,誰でも和歌を詠んでいました。
聖徳太子の十七条憲法には,皆 仲睦まじく議論せよと繰り返し謳っており,
表現の自由を万人に認める思想がありました。

紫式部は,源氏物語を著述したり,古くから女流文学が盛んでした。
明治に至っても,明治天皇は五箇条の御誓文で,万機公論に決すべしとして,自由討議を奨励していました。

日本人の表現の自由は,戦前までの長い年月,国家の成立前からあったとか,
国家と無関係にあったとかではなく,
十七条憲法や五箇条の御誓文によれば,むしろ国家とともにあったでしょう。

そんな日本人に,前国家的権利と言われても実感がわかないというのが本音なのではないか。


【前国家的権利は,宗教の世界で生まれたものでもない】
ただ,ここで,少なくとも西洋等においては
宗教上の神が信仰されており,それは国家よりも上の存在かもしれません。
そしてもし,「国家には見捨てられても神には愛されている」との意味ならば,
前国家的権利というものが,少し分かるような気がしないでもないかもしれません。

ただ,近代人権宣言は,政教分離原則が現にありますので,
宗教の神の観念から出たものではないはずです。

近代自由哲学は,むしろ神を否定していたりしました。


【近代のお金持ち達の願いから生まれた】
近代自由主義は,お金持ちが,自由な経済活動を求める中で出できました。

    そのお金持ちは,大航海時代に世界を股に掛けて,デタラメをやってしこたま儲けた人だったり,それで未だ残っていた王侯貴族に金を貸したりしていました。
    つまり国家と肩を並べるくらいのお金持ちが出てきたころに生まれたのが近代自由思想です。

    しかも,西欧には,祖国を持たなかったり,住み着いた国にも決して同化しない人々も居りました。

    そしてお金持ちが最も怖いことは,国家に束縛されてたっぷり税金を掛けられたり,国風に合わない,国の風紀を乱したなどとしてその国家権力により身柄拘束されることでした。
    お金が幾らあっても,何十年も身柄拘束を受けたために,お金が使えないのであればお金持ちになった意味がありません。

要は,誰からの制約を受けず自由勝手にやりたいお金持ちの方々の熱意によって,自由獲得運動が起こったというだけです。
→後注)


【グローバリストが拵えた権利】
彼らは,今風に言えばグローバリストです。
元々祖国を持たない方々や,国家への帰属意識の薄い,世界を股に掛けるお金持ちです。

そんなお金持ち方々は,国家に束縛されたくないので,前国家的権利というものを作って対抗したのです。

元々国家に忠誠心がないか,恩義になった地域や国等に対する裏切り者かもしれません。

だからこそ,前国家的権利というものを思いついたのです。
国家に拘束されて,税金を多く取られたり,逮捕・処刑されては堪りません。
スーパーフリー,つまり我が儘なだけかもしれません。

家族や友人を愛し,地域の人々を愛し,国を愛した根っからの土着の方は,前国家的権利なんて考えもつきません。


【世界の国々が外か来たヤカラに転覆された】
以上に対しては,「いや,土着の民族国家とて,国家による人権弾圧はあったではないか」
というかもしれません。

それを全否定はしませんが,
ただ,実際のところ,民族国家を倒すのは,外部勢力が企てたクーデターだったりします。
その例は,現に最近まで枚挙に暇がありません。

そして,民族国家に対する反逆者ならば,破壊者ならぱ,その国から弾圧を受けるのも道理です。


【由来はろくなものじゃない】
前国家的権利は,今でこそ,日本の国でもどこの国でも一応有用な概念になったかもしれません。

しかし,実はろくでもないところからの出発だったかもしれません。その出生の秘密だけはおさえておく必要があるかもしれません。

    しかも,前記のとおり,
    日本では,「前国家的権利」という概念を借りなくとも,
    堂々と,万人が国のために議論することが推奨されていました。

    日本では前国家的権利がなくとも,立派に自由討論や民主主義等が成り立っていました。


【結語】
だから,真顔で,憲法学者に聞きましょう,
「前国家的権利って,当時粋がっていたグローバリストが,自分勝手のスーパーフリーを目指して拵えた,アウトローな概念なんじゃないのですか?」
「十七条憲法や五箇条の御誓文が求める自由討論と民主主義の方が上なのじゃないですか?」と。


    後注)
    日露戦争の戦費を日本に貸してくれた大金持ちヤコブ・シフという人物
    当時のお金にして2億円だとされていますので,今のお金で200兆円くらいになります。
    日本はつい最近やっと,全額返済したということです。

    そのくらいお金を持っていたということです。

    そんな超弩級の大金持ちの彼らが,国家に大金を貸すような彼らが,
    何処かの国家に忠誠を誓ったり,従属するということはありません。
    超国家権力者です。
    国家に束縛されない自由を求めるのは,彼らには当たり前のことです。

    庶民に理解できる世界の現象ではありません。

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