1458 日本古来の民主主義と立憲主義~十七条憲法と五箇条の御誓文を憲法前文に

民主主義,そして立憲主義(権力統制=官僚統制)等は,戦後米国から教わったなどと考える向きが多いです。

しかしながら,昭和天皇がいみじくも仰ったように,
日本には,元々民主主義の伝統や立憲主義もありました。

それが五箇条の御誓文であり,十七条憲法でした。
十七条憲法は,民主主主義(表現活動の自由)もさることながら,
官吏への指導項目も多く規定されており,それは正に,権力チェック=立憲主義そのものです。

従って,今回の憲法改正論議において,せめて前文の加憲(本来前文削除が望ましいが・・・・),すなわち,十七条憲法及び五箇条の御誓文の精神を引用する形で,憲法に明記して欲しいです。

    「万機公論に決すべし」(御誓文)や十七条憲法の1条,10条,17条は,(睦まじく)話し合いや議論の重要さを説いており,これは民主主義はもちろん,フェイクメディアとは無縁の節度のある真の表現の自由も説いているといえます。


【五箇条の御誓文】
・広く会議を興し,万機公論に決すべし。
・上下心を一にして,さかんに経綸を行うべし。
・官武一途庶民にいたるまで,おのおのその志を遂げ,人心をして倦まざらしめんことを要す。
・旧来の陋習を破り,天地の公道に基づくべし。
・智識を世界に求め,大いに皇基を振起すべし。


【十七条憲法(抜萃)】
第1条
和(やわらぎ)を最も大切なものとし,争わないようにしなければなりません。人は仲間を集め群れをつくりたがり,人格者は少ない。だから君主や父親にしたがわなかったり,近隣の人ともうまくいかない。しかし上の者が和やかで下の者も素直ならば,議論で対立することがあっても,おのずから道理にかない調和する。そんな世の中になると何事も成就するものだ。

第10条
心の怒りをなくし,憤りの表情を棄て,他の人が自分と違っても怒ってはならない。人それぞれに心があり,それぞれに思いや願いがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし,自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分は必ず聖人で,相手が必ず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。これがよいとかよくないとか,だれが定め得るのだろう。互いに賢くもあり愚かでもあり,それは耳輪には端がないようなものだ。相手が憤っていたら,むしろ自分に間違いがあるのではないかと恐れなさい。自分はこれだと思っても,人々の意見を聞き,一緒に行動しなければならない。

第17条
物事はひとりで判断してはならない。必ずみんなで論議して判断すべきである。だが些細なことは軽いことなので,必ずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ国家の重大な事柄の場合,独断では判断を誤ることもあるかもしれない。だからみんなで論議すれば,道理にかなう結論が得られるだろう。

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