1390 女性が輝く・・・・子の幼児期を脱したら働く(日本の伝統的な常識?)

安倍政府のスローガン:「女性が輝く社会」・・・・ちと意味不明です。
私なりの解釈はこうです。

よほどの良家は別として,
主婦が専業主婦だけでいけていた時代は,
日本では長い有史以来そんなには無かったというのが実際だと思います。

ユ$ヤ人家庭のように必ず不労所得でもあれば別です。
エジソンでも,ルーズベルトでも母親が家庭内で育てました。

例外は高度成長期時代のサラリーマンの妻でしょうか。

    私は高度成長期に産まれた世代ですので,
    むしろ専業主婦って有り難いと思ってきた口です。
    私の大学の友達もだいたいそんな傾向です。
    高度成長期(後期)の記憶があるからです。
    共稼ぎを求める友達も居りましたが。。。


【教育費の高騰化】
しかも,今は,デフレ不況・消費税不況であって,夫の給与が少ない。
それ以上に問題なのが教育費が大変だということです。

我々は高度成長期に幼児期を過ごした人間ですが
実は,当時はそんなに教育費は掛かりませんでした。
勿論かける親は都会を中心に居りましたが,
他方で田舎は,塾はないわ,先生が親切に教えてくれるわ,
旺文社の蛍雪時代やラジオ講座もあるわ,
(公立高校の図書館に行くと,ラジオ講座を収録したカセットテープまで用意してくれている。)
もちろん,受験参考書や問題集は,私の時代では結構揃っている
安い通信添削も結構あった。

つまり我々の時代は,自分で真面目にやれば塾に行かなくても,大学には合格できました。
私はサービス精神の旺盛な日本的な素晴らしい教育環境だったと思います。

    私が,裁判所の同僚に聞くと,私以上に田舎者だった彼は
    高校の先生が補講に次ぐ補講で徹底的に教えてくれるので,
    東大に入れたと言っていました。

    司法試験に目をやっても,
    バブル期前までは,大学の先生が法職過程という,教授が課外授業や答案作成講座を行ってくれてました。
    そうした手当が各大学で行われていた時代でした。
    年1万円程度の費用を払えばよいので,本当にお金が掛からず良質の勉強が出来ました。

今は,これらの日本的なすぐれた善意のインフラが,殆ど高額な塾によって代替されているというのが実情ではないか。

我々の幼少期は,サラリーマン家庭であれば,
専業主婦を支える事情が2つもあったのです。
①右肩上がりの夫の給与,②教育にお金を掛けなくてもなんとかなる。

しかし今は,その2つともないのです。
だからこそ,収入の低い男が結婚出来ないと言われて久しいのです。


【幼児期を超えたら,専業主婦である必然性はない】
私は,高度成長期というたぐいまれなる時代はさておき,
やはり昔から言われていたし,現にそうだったと思いますが
子どもの幼少時代をしっかり子育てしたら,後は働くということもありかなと思います。

というのは,離婚調停等でも,要するにお金のぶんどり合戦の様相もあるからです。
少ない夫の給与を取り合うというわけです。
私は,この場合どちらの味方にもなりません。
どちらの気持ちも分かるという感じです。

私は,子育て期の専業主婦は大賛成であり
(母親の権利をそのまま認める趣旨),
サヨクや共産主義革命理論のように,子どもを国家が母親から取り上げるという悪魔の破壊的思想は大反対です。

しかし,必要な家庭内幼児教育や子育てを終えれば,
これほど教育費のかかる時代に,現実問題として働かないわけにはいかないようにも思います。
私の思想は,まさに家庭を護るために,お母さんも幼児教育期を無事終えたら働いて
というだけです。


【母親が家事を独占しないことも立派な教育】
子どもが皆小学校3年生以上になったとしましょう。

それで働くようになると,子どもは,実は安穏ではいられません。
当然に家事の手伝いをしなければならなくなります。

場合によっては,小学生でも夕飯の支度をしてもらったり。。。

    これはえっと言われるかもしれません。
    しかし何十年か前の農家等ではよく見られた光景です。

    お母さんが暗くなるまで野良仕事しているので,
    子どもが夕飯だけは作るのです。

    私の時代でも農家ではよくありました。
    私の家が農家で,それでしたし,近所の農家でもそんな感じでした。
    私よりも年配の方は,もっとそれがあったと思います。

それを可哀想とみるか,子どもにとって成長の機会であると見るかは
考え方だと思います。

ここで,もし逆に,
「子ども達に家事手伝いは一切させられない
朝昼晩の食事は私がすべて絶対に作るんだ。
その一部なりとも子どもにはさせない。
私が何が何でもハウスキーピングをしなければ」
と思われているとしたら,それは逆に如何なものか,と思います。

旦那は勿論,子どもは,厨房には入れず,何もする機会がありません。

語弊を恐れずいえば,
主婦の既得権を確保したいだけ?
とすらもいえなくありません。

子どもが自立することが,子どもの幸せだと思えば
子どものために家事を一部開放して任せることも教育なのではないかと思います。


【家族が何でも母親に甘えるのも実は問題】
私は,専業主婦は有り難い存在だと思ってきました。

しかし,家族がそれに甘えるのは問題です。
「お母さん,あれやっといて」
「これやっといて」
と,責任の所在があいまいなものは,全部お母さんに丸投げ。
いわば,お母さんは,家庭内「総務課」状態。。。

これでは「結婚してもなお孤独」状態です。

    私は大学生のころ,こんな題名の心理学の本を,東京都は野方図書館で読みました。
    今でもあるかしら。
    アマゾンでは見つかりません。
    勁草書房だったか?

    主婦の辛さ,業務の多さ,妻・母親の善意にただ乗りかかる家族達,そして孤独感
    こんな問題意識で書かれた名著です。


【真理は中庸にある。しかも専業主婦が歴史の趨勢でもない】
真理は中庸にあります。

永遠に続く専業主婦が正しいのでも,
出産直後に子どもを取り上げられて,公的施設に預けてでも働かねばならないが正しいのでもないのです。

私は,かつては多くの日本人がそうされているように,
子どもが幼児期を脱したら働く,
それも全力で。

それが私の考えであり,夫婦の経済問題の予防でもあります。
家庭平和のために,です。


【特殊な政策スローガンは不要】
できもしないのに,政治家が立派なスローガンを掲げる政策はむしろ不要です。

教育費の負担を軽くすること,それだけでもよいのではないか。
それさえしてくれたら,日本人は賢いので,サヨクの破壊思想にも乗り込まれないし,
ちゃんとできると思う。

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