1374 安倍総理「立法府の長」は言い間違え?でも「司法の長」でないことだけは自覚して!

安倍総理は,実に不思議な方です。
言い間違えとは思いたいですが,昨年自らを「立法府の長」と言って,物議を醸しました。

たとい言い間違えであっても,困るのは,
モシカシテダケド,モシカシテダケド「三権分立を理解していないのではないか」
との誤解を与えかねないことです。

    なお,私はある民進党議員のようにクイズ王になって皮肉を言いたいのではありません。
    三権分立は大事であり,心から心配しているのです。

しかも,安倍一強の下では,自民党議員は誰も逆らえず,要するに
「オレ様は,議席過半数を持つ自民党議員を全員束ねている長・トップなんだ。
いわば,自民党という会社の社長のようなものだ。」
と言っている様に聞こえないか。
そのことをひたすらひたすら心配するのです。

    現に安倍総理の一人ドリル(岩盤規制改革)は不評です。

    民主主義に反する疑いが濃厚だからです。
    有識者会議は,非民主的プロセスです。
    閣議決定→有識者会議→党議拘束となったら,民主主義に悖ります。

    専門性があるということと(ないなら一層論外),民主的正統性があることとは全く別です。


【司法の長ではないんだよ】
三権分立でとりわけ重要なことは,司法の独立の確保であると言われています。

というのは,内閣と国会の関係であれば,議院内閣制を取る日本やイギリスでは,
この二権は密接関連した協働体制にあることから
先の発言で,仮に勘違いがあっても未だ理解はできます。

でも,司法は,それでは困るのです。
司法権の独立は,内閣と議会の関係以上に確保されなければならないのです。


【最高裁や日弁連の名簿に異を称えるべきではない】
司法の独立というのは,時の権力が,
最高裁判事を好き勝手にとっかえひっかえしないということです。

もちろん最高裁判事は憲法上内閣が任命することにはなっています。

しかし,だからといって内閣が好きな人を勝手に任命するべきではないとされているのが憲法上の通説です。
内閣の選任権及び憲法76条の規定する司法の独立,その相互の論理解釈から出てくる考えです。

ところが,安倍政府は,
最高裁判事欠員時に最高裁の推奨してきた名簿以外の人間を推したようです。

また,同様に最高裁判事の弁護士枠にも,日弁連の推してきた名簿以外の好みの人間を送り込んだようです。

これは,さすがに拙いのではないかと思います。


【米国には,厳しい厳しい公聴会というハードルがあること】
ところで,米国における最高裁判事選任は,
政治闘争の中に入ってしまうことはないわけではないと思います。

しかし,仮に現職の大統領が,自分達に有利な候補者を擁立しても,
上院において公聴会が開かれ,情け容赦ない質問が浴びせかけられます。

    仮に大統領が共和党なら,民主党の上院議員が徹底的に質問を浴びせかけコテンパンにやっつけようとします。

    もちろん,それが奏功して,共和党の大統領が推した候補が最高裁判事になれなかった例があります。
    そしてその逆バージョンもあります。

こうした制度がない日本において,司法の独立を護るためには
最高裁や日弁連の推奨した人材をそのまま承認することが大事であるとして,
その慣例がずっと続いてきました。

それを破ったのが安倍総理だというのですから,常識破りです。


【総理大臣は日本で一番偉いのではない】
要するに,三権分立の制度の下では,総理大臣が日本で一番偉いのではないということです。

何よりも私が心配するのは,もし総理が三権を超えた最も偉い人間になってしまうと,
総理を籠絡した人こそが,日本国そのものを動かせることになるということです。

安倍さんがどんなに心の綺麗な人であっても,
安倍さんを陰で操る人が登場した時,日本は滅びの道まっしぐらです。

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