1305 リベラル-神(創造主)が死ぬと途端に我が天下だとする西洋人の変な思考

法律が正にそうですが
日本人,しかもまともな日本人であればあるほど
どうしても遅れを取るのが,西洋人の変わった思考方法です。

法律的なものの考え方は,橋下さんの論破手法をみれば解るとおり
基本的に,極端から極端を複数掲げて,相手を翻弄させて,その上で自分の思うところに落とし込もうとします。

元々中庸が取れていて,ど真ん中を最初から目指している善良な日本人には理解できない世界だと正直思います。

日本人の常識と,法理論における厳密かもしれないけれどもその極端さ,どぎつさ
この2つをうまく貼り合わせるのが,客商売の弁護士の役目です。


【創造主がいた方がまだましな西欧人】
日本は,最近変わってきたかもしれませんが
歴史的に言って,日本人,少なくとも貧しい大多数の庶民の思想を支えてきたのは仏教だと思います。特に鎌倉仏教以後は。
(この現代でも信者は千万単位でいる。キリスト教徒は未だかつて100万人を超えたことがない)

仏教というと,天地創造説は取らない。
日本人のほとんどは,創造主である神と言われても全然ピンとこない。

    かえって,日本人は,
    西洋において「創造主」,しかも一神教なんてものを作るから,
    排他的になり,民族同士協調性が無いんだと思う傾向があります。

    神道信者や保守系番組によっても,仏教と一緒です。
    自然が神より先に出来て,しかも八百万の神々がいるから,平和的なんだと
    唯一無二の神を巡って紛争は起きない等々。

ところが,実は,仏教や日本流神道のない西洋人にとっては,
頂点に君臨する神がいて,天地を作ってくれたとする方がよほどましになるようです。

というのは,天地を作った神がいないと,人間を神の座に据えるからです。
自分達が頂点の存在だとして君臨したがるのです。
おまけに,その「神々」に入れなかった人類はおろか,万物を自分達より下に見る浅ましさ

西洋で出てきた汎神論は,
西洋で神が天地自然を作ったのではないとする考え方でありますが,
とにかくやたら,人間様というものが生意気なんですね。

しかも,それが,動物に対するのみならず
ある民族の優越的思想にも結びついているというのです。


【汎神論】

    (「世界撹乱の律法」から)
    宇宙という広大無辺なる殿堂中からハルデヤの学者は,創造主を排除した。
    そのため,原因と結果とを混合した世界は,(創造主によってではなく,)自然に生じたものとされ,それこそが神と認められた。
    神の観念は,あらゆる存在を統治する宇宙の調和と,この調和によって統治された宇宙の各部分とを併せたものであった。

    故に,神は,代わる代わる,そして同時にその乳房をもって人々を養い,その露をもってこれを潤すところの地にもなり,これを照らしてかつ温める太陽にもなり,植物の生殖作用を行う花粉を配送する風にもなった。
    神は人類と禽獣世界を繁殖させ,植物を生じさせ,発育させ,そして枯死させては復活させる。それと共に,生気なき物体の中にでさえも現われる生命の源とされた。

    このように,おのずから発生する,永久な自然の気息の如きものと同一視された神は,世界から生じたものであって,世界が神から生じたものではない。

    実際,もし自然界が別異の,しかもその自然界の創造者であるところの「至上の存在」がなく,その上もし一つ一つの物が,ある程度の智慧と魂とを具有するとしたら,そしてもし神がただ世界中のこれらすべての有意義,無意義の魂の総合であるとしたら,必ずこれら魂の間にある階級が存在せねばならぬであろう
    そしてこの各々の魂は,所詮 神の一部であり,その神を体現する程度は平等でないだろう。

    神の本質や要素が,石ころにおいて体現する程度は,生活し,呼吸し成長し枯死する木によりも少ないあろう。

    木において体現する程度は,思考し,判断し,行動する動物におけるよりも少ないであろう。

    動物において体現する程度は,過去と未来を思索し,自然界の目的を考究し,自らの工作と発明力をもって,自然界の不備を修正し,かつ自ら無限に完全の域に向って修養する人間よりも,やはり少ないはずであろう。

    これらあらゆる存在の階段の最上段には人間こそが位置している。他のすべての存在よりも比較されぬほど完全であって,かつ霊智的で,全世界を成り立たせている神の本体の最大部分を,まさに自らの中に受け入れている人間こそが最上段にいるのだ。

    自分以上のすべての存在を天界から排除した人間は,実際この世界の神となった。つまり万物は皆 人間の下にあり,人間に服従すべきものと考えていくことになるのである。

これを最初に読んだとき,30秒くらい,開いた口がふさがりませんでした。


【西洋は何処までも所有権理論?】
日本人には解りにくい発想だと思いますが,
結局,天地創造説と汎神論の双方の根っこにある思想は,
要するに所有権の思想ではないか。

    天地創造説によれば,神が天地自然を創造したのだから,天地自然は神様の所有物である。
    人間も動物も。だから神が主体で,人間は客体となる。
    人間は神の命令に従わねばならない。
    ちょうど人間が所有するスマホは人間の命令に従うべきことと一緒。

    ところが,汎神論では,神が天地を創造したのではない以上,
    その神は所有権者としての地位はない。

    すると,その世界観の中では,前記のとおり,何故か?人間が一番上となる?
    いつの間にか神に変わって君臨する姿を夢想できると。


【そして,リベラリズムへ】
この汎神論を読まれると,気づく人は気づくと思いますが,
汎神論て,結局リベラリズムにも結びつきますよね。

西洋の考え方って,どうしてこうも薄っぺらい,チャラい感じなんでしょうかね。
(創造主の神がいても面倒,いないともっと面倒)

こんなのを聞いて,心が安らぐ人って居るのかと。

カテゴリー:弁護士思想

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中