1286 最高裁元長官横田喜三郎は、最低だ(最低裁短官?)

横田喜三郎
ここまで、情けない人だったとは↓
ドイツで共産主義にオルグされたか,さもなくばハニトラにかかったか。
その両方か?

↓本当に最低だ。

ソ連のスパイだったのなら,普通の国なら死刑だよね,日本の治安維持法はアマアマだけど
それが,最高裁長官だなんて


【ウィキペディアの記述】
ウィキペディアによれば,

    かつてはマルクス主義の読書会(ベルリン社会科学研究会)に参加するなど親社会主義的な法学者として知られ、軍部に睨まれたこともあった。1931年(昭和6年)の満州事変に際し、自衛権範囲の逸脱だと軍部を批判した[1]。1930年から1931年にかけて、『国家学会雑誌』上でケルゼンの純粋法学をめぐり、擁護する立場から美濃部達吉と論争を行う。
    極東国際軍事裁判(東京裁判)の法的な不備を認めながらも、裁判自体については肯定的評価を与え、「国際法の革命」と論文で述べた。なお、東京裁判では裁判の翻訳責任者を務めた。その後、東京大学法学部長、日本学士院会員などの地位にあって日本の国際法学会をリードし、日本の国際法研究から戦時法研究を追放することに尽くした。
    1949年(昭和24年)の著書『天皇制』などにおいて、積極的な天皇制否定論を提唱した。
    晩年、最高裁長官など政府高官に就任すると、過去の天皇制否定論を自身の地位の都合の悪いものとして隠蔽するようになる。特に、東京中の古本屋を回って著書『天皇制』を買い集め、自分のかつての天皇否定論の痕跡を消そうとしたのは有名な話である。

もしかして、最低裁 短官 と呼んだ方が良い?
→後注)


    後注)
    戦争犯罪論という書籍は買いましたが,彼は1993年に他界されたので,著作権が切れるのは2043年
    あと25年もある。
    (しかも,著作権上,期間が切れても恥をさらすために公開してはならない)
    ため息が出る。

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