1241 ロシア革命百年その2~警察のほか,医師も弁護士も,そして農民までも殺戮された。

最近,第三次世界大戦ガーっっ!と述べる方が増えているので
(しかも酉年は危ないんだと)
また,ユ$ヤ革命たるロシア革命は,今年が100周年であるので,
100年前の暴挙について,ロシア革命九年後(1926年)の記述を翻訳してみます。


【警察はもちろん,医師も弁護士も,そして農民までも粛清】
結論を先に言いますと,
国際ユ%ヤ人(カザール・マフィアのこと)の革命は,警察の粛清等にとどまらず,
医師も,国際医薬品利権のユ×ヤ人が,利益を得るために,ロシア人医師や助手を大量粛清した様です。

弁護士等の,ロシア人のためにハードな精神的活動を担っていた人達も,やはり徹底的にやっつけられました。

ロシアの学者等有識者も粛清か又は追放され,酷い屈辱を受けました。

本来保護されるべき農民達までも,です。

    日本で起こったらどうなるか。

    ヤツらにオイシイ利権の医療分野はいわずもがな,
    我々,弁護士も,真っ先に追放され,国際弁護士どもが日本の法律界を牛耳ることになるでしょう。


    【翻訳:ロシア革命によるロシアの体系的破壊】

      古いロシアはもはや存在しない。
      その場所は,広大な砂漠状態になっています。その知識人は90%が絶滅させられ,中産階級は窒息させられています。その労働者階級は再び農奴に追いやられました。農奴と言っても今では国有工場における農奴です。「ストライキ」という単語を使用していた労働者は壁にたたきつけろ!
      農夫に関しては,今や彼は単なる荷役する動物,つまりソビエトのサハラのラクダです。ユ¥ヤ人にとって,労役搾取は疑問の余地なく,給料はほとんど払われない。

      事情を知らされていない者には,全く信じられない話しである。こんな強大な帝国が,まるで一夜の革命でも見るかのように,国の四隅から火の手が上がり,そして破壊されるなどということが。

      しかし,実は,それはたった一夜で起きたものではありませんでした。

      1917年3月,ケレンスキー政権下のロシア中産階級がロシア皇帝(ツァール)を転覆,そして1917年11月,ケルンスキー政権に対しボルシェヴィキが突如として起こしたかの反乱も,実は,ユ!ヤ人コミンテルンにおけるスパイ工作活動により何年も政体を蝕んできたのであり,このことが目に見えて現れたものだったのです。
      マルクス,カウトキー,エンゲルスのいう犯罪心理から始まったのではなく,より早く,世界フリーメーソンというハイランクのユ?ヤ人組織との同盟で始まったのです。

      これらの高尚な「理想主義者」が,栄光あるロシア革命の最初の4年間に,ロシアの労働者と農民という名のもとで拷問・殺害した数は,彼らの公表によれば,次のとおりでした。28人の教会の司教,僧侶と6000人の修道士。 何故血祭りに上げたか? 彼らは司教,司祭,修道士であって,神を信じていたからです。彼らは,ひとえに中産階級にいわば「迷信」を抱かせられる人達なのです。

      次は,8800人のクリスチャン医者とその助手達です。 何故か? 彼らは非ユ$ヤ人の中産階級が使う薬剤を取り扱っていたからです。

      警察官は5万4650人,警察官は1万0500人(中級以上),下級警察官は4万8500人が粛清に。 どんな理由で? 彼らは軍隊や警察官でありました。「軍国主義」なるものは,愛国意識やアーリア人意識の強い白人にとって,もはや許容されておらず,プロレタリアンという名の赤い盗賊が本当の労働者の墓を掘り起こすことだけ認められているのです。

      それから26万人の忠実な兵士が旧軍隊の兵士に就き,現在はすべて処刑されています。
      ただ,この統計とて実は些細なことです。問題なのは,知識人の粛清です。教師,教授,技術者,建設請負業者,作家,審査員です。中でも審査員は,有罪判決を受けた犯罪人が支配するこの国にとって最も危険だったからです。

      加えて,ボルシェビキのヤツらは,弁護士,地方弁護士,大学教育職などの,最も精神性が要求される職業の36万1825人を殺害しました。 私は,1万2950人による大規模な土地所有者の私達階級の絶滅についてですら,これに時間を割いている暇はないほどなのです。

      ロシアの知識人がボルシェヴィキの圧迫にどうに耐えているかを聞かれたとき,私はいつも,ロシアの知識人は墓の下にあるか,追放されていると答えています。また別の答えはこうです。共産主義による弾圧を通じ流血と組織的嫌がらせによる屈辱を味わうと,彼らが自尊心と個人的な名誉は,最後の一かけらまでも奪われてしまうのです。

      最後に,私たちは,控えめの数字ではありますが,この「労働者と農民の国家」によって粛清された労働者と農民についても触れたいと思います。
      粛清されたのは,労働者19万2350人,農民81万5000人でした。これらの数字はチェカ(KGBの先駆者)によって公表された統計であり,反共共産党のホワイトロシア軍がトロツキーと赤軍(1917-1921)と戦っていた時期に容易に入手できるボルシェヴィキ新聞に書かれています。

      以上の事実は,すべて,共産主義の悪病に対して容赦なく戦っている欧州唯一の国セルビア王国の内務省が1922年に発表した情報(集約書籍の完全版)によっています。

      この莫大な数の死傷者でさえ,現在ソビエトロシアにおける約480万人もの精神病患者に比べにば小さいのです。しかし,これは驚くにはあたりません。古いロシア時代では犠牲者を手当てする十分な療養所と病院はなかったのです。今やソビエト全土が精神病棟になっています。

      キリスト教とアーリア白人についてですが,殺人が続き,血が流れている。

      1922年の飢饉では,毎日3万人の人間が死にかけていた時,ユ#ヤ人のトロツキー指導者は皮肉な発言をしました, 「それはいい。(粛清ではなく)書類処理で済めば,我々の手間が省ける。」

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