1223 「ベニスの商人」は実はウソではなかった!?

シェークスピアの「ベニスの商人」の物語は,有名です。
しかも,ある種法律と裁判の物語なので,
法学部の授業や民法等のテキストにも紹介されたりする有名な戯曲です。

    私は,実は小学校低学年のころ,
    学芸会で,6年生の方がこのベニスの商人の戯曲を演じていたので,
    真剣に見入った記憶があります。

    当時は,水戸黄門や遠山の金さんが,テレビでも人気で,
    日本人には,むしろそちら系の物語として受け取られていたかもしれません。
    情け深い裁判官の判断は,これらテレビ番組に重なります。

      裁判官曰く,
      「契約書のとおり,金を返さない時には1ポンドの肉を取るのは結構だ。
      しかし一滴の血を流してはいけない。
      契約書には血を流して良いとは書いていない。

    日本には,伝統的にユ*ヤ人はいなかったので,
    西欧の所謂ユダヤ人問題は無かったのです。
    (なお,ここで言う猶太,ユ*ヤ人とは,正統派ユダヤ人ではなく,国際ユ*ヤ人=カザールマフィアのことを指します。)


【実は,民法の形式論理では,血は流して良い!?】
ただ,法律学の形式論理からいうと,血は流して良いのです。

というのは,「従物は主物の処分に従う」という規定があるからです。
1ポンドの肉を体内から切り取るというのは主物です。
それに当然伴う流血は,従物です。

「血液を一滴も流さずなら,肉を奪って良い」という論理構成は採用できません。

    もっとも,そもそも人身売買やら,臓器を奪うことが,
    契約に書かれていても無効になりますので,今では通用しません。
    法律上は「そもそも公序良俗違反の契約だから無効だ」となります。


【闇の世界はある】
裁判所は,この種の紛争ははなからいっさい取り上げませんが,
ただ世の中には,裁判所の届かない闇の世界はうんとあるわけで,
その意味では,こうした判断は素晴らしいし,
こういう戯曲が世に生まれた意味は,私は大きいと思います。

何よりも,小学生から大人まで,皆知るに至っていること,
正義は貫徹されなければならない旨をこのベニスの商人から学べること,
は大変よいことだと思います。


【実は実話だった!?】
シェークスピアは16世紀ころの方ですが,
12世紀ころまでは,猶太人による奴隷売買が頻繁に行われていたとのことです。

    『歴史にあらわれた猶太人』
      (東京盛文社「歴史及び地理」所蔵/明治45年ころの論説
       ・・・・表記を含め,少し読みやすくしています。)

    「キリスト教徒は,非常に,猶太人を嫌い憎み,これを排斥した。これは宗教上の関係からもも迫害せられたに違いないが,このほかに,猶太人それ自身も,人に憎まれる様なことをやったのであった。その憎まれた原因は,猶太人の営んだ職業それ自身に期することが多い。

      第一,奴隷売買を商売とせしこと。
      奴隷売買の風は,上古以来,行はれて,中世紀末までその風が残って居た,(否近世まで行はれて居った)十二世紀の頃は,猶太人は,キリスト教国にも,回教国にも,盛んに奴隷を売買して,その利益を独占した。しかるに,キリスト教徒を奴隷にすることは,キリスト教国においては,固く禁ぜられたのであった。例えば有紀元624年の宗救会議においては,公に猶太人がキリユト教徒を奴隷とするを禁じたのであった。
      にもかかわらず,金貸しを商売とする猶太人は,抵当物品のない者には,人身を抵当にして金を貸し,期限も来て返すことの出来ない場合には,抵当物たる人身を没収し,奴隷にして売り払った。死んで返せぬ者は,屍を差し押へられて,埋葬することの出来なかったという悲惨な話もある。このほか,猶太人は,奴隷を安く買ってもこれを高く売ることをした,すなわち奴隷の仲買までやった,かくて猶太人はキリスト教国から怠み嫌われたのである。
      そのためでもなかろうが,十二世紀頃からこの商売をやめて新なる商売を始めた,これがまた,欧州人に憎まれるものであった。」
      →後注)

      「第二 両替商を営めること。
      中世紀においては,欧洲では,商業組合の制が,盛んに行はれて,各組合が商業を独占する風があった。この組合が,猶太人を嫌って,いっさい仲間入りを許さぬといふ有様であったから,猶太人はつまり,商業界から駆逐せられたのであった。そこで,猶太人は,零砕の利益を集めんために,両替屋を始めたのである。ところが,中古における両替屋は,社会の必然的要求であったから,この商売で,猶太人は,非常な金儲けをすることが出来た。何故なれば,封建時代には,小国が割拠しておって,各国が異なる通貨を用いたのであるから,その両替の必要は,現代よりも,より頻繁であった。猶太人は,この手段で,大金持になった時に及んで,封建制度の末期が近づき,諸侯武士が段々と貧乏になり,この猶太人から高利の金を借りて,生活をするようになった。

       しかるに,国王は,財政に窮すると,この金満家の猶太人に重き税を課し,殆ど財産の総てを奪ったのである。しかし,金の全部を没収することは,決してしない。僅かの金を残して置いて,この金を種として,猶太人が,更に新財産を〈辛抱して)作った時,またこれを捲き上げる。であるから,当時の諺に,金の卵を生む鶏と猶太人を綽名した,かようにして,猶太人は,せっせと働いたにもかかわらず,財産を捻き上げられ,更に悪口をされ,憎まれて,中世紀を終った。
       しかしながら,猶太人の忍耐強き特性は,その後も,あくまで保持せられ,近世においては,偉大なる功績を,社会に残すに至ったのである。」



「抵当物品のない者には,人身を抵当にして金を貸し,期限も来て返すことの出来ない場合には,抵当物たる人身を没収し,奴隷にして売り払った。死んで返せぬ者は,屍を差し押へられて,埋葬することの出来なかったという悲惨な話もある。」

・・・・かくして,ベニスの商人はまんざらウソではなかった,
史実として実際にあった可能性があると思います。

    なお,この論者は,後半では猶太人の努力等も公平に評価しています。しかしそれでもこのように紹介しているのです。→後注2)


    後注)
    ここでいう,奴隷とは,人権はもちろんなく,
    無報酬で家畜のように働かされて,
    ただ単に物扱いされていた身分を言います。


    後注2)
    著者によれば、このように表現して評価する箇所があります。
    「人種としての猶大人は,
    1,その意志の強固なること,
    2,他人種と決して雑媾(=婚姻したりして親戚関係になること)せぬこと,
    3,生存競争に優勝を占むること,
    この3つにおいて,世界(中の)人種中,異彩を放っている。」
    と。


      【ご参考】

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