1153 トランプの言う「デモで自国の国旗を燃やすのを犯罪指定する」ことは,日本でも可能

日本でも,米国でも現在は,自国の国旗を燃やすことを禁止する法律はありません。
自分が買った国旗のことですが。
(保守団体等,他人様の国旗を焼いたら器物損壊罪にはなります。)


【自己所有でも,建物等の放火は放火罪】
ただ,自分の所有物だったら,放火しても絶対に犯罪にならないかというと,日本の法律はそうではありません。

例えば,自分の古い建物を,取り壊す代わりに火を付けた場合は,
その建物の中に人がいない場合であっても,よほどのことがない限り放火罪で逮捕されます。

それは,周囲の民家等に公共の危険を発生させているからです。

    例外的に,例えば,何キロ平方メートルもの広大な面積の畑のど真ん中にある,自分の小さなほっ立て小屋を燃やした場合(人がいない)で,風の流れを踏まえても隣地や周辺におよそ全く影響がない場合には,罪にならないという程度です。

    日本は大抵,民家が密集しているので,火を付ければ,犯罪になります。

しかも放火罪は,その対象物は家ばかりではないのです。

例えば,自分のバイクとか,車とか,比較的小さいものでも火を付けて公共に危険を発生させれば,罰せられます。


【集団行動暴徒化論】
前段の放火罪の考え方の上に,
最高裁判決の言う集団行動暴徒化論をオーバーラップしてみましょう。

    最判昭和35年7月20日東京都公安条例事件
    「かような集団行動による思想等の表現は,単なる言論,出版等によるものとは異なって,現在する多数人の集合体自体の力,つまり潜在する一種の物理的力によって支持されていることを特徴とする。
    かような潜在的な力は,あるいは予定された計画に従い,あるいは突発的に内外からの刺激,せん動等によってきわめて容易に動員され得る性質のものである。
    この場合に平穏静粛な集団であっても,時に昂奮,激昂の渦中に巻きこまれ,甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し,勢いの赴くところ実力によって法と秩序を蹂躪し,集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること,群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。

集団行動暴徒化論の考え方に従えば,
そもそもデモ行進は適切に規制されるべきであります。

そして,デモ中に何かに火を付けることを規制することは,本来可能であるはずです。

しかも集団行動を暴徒化させる引き金になりやすい,放火行為は厳禁にしても何の問題はありません。
デモ隊に対し心理的に影響を与えかねない,暴徒化をそそのかねない放火行為は問題です。
・・・・庭で,たき火等をする中に,がらくたを燃やす類とは異質です。


【国旗の放火は,現在の政府批判とは本来無関係】
時の政府や,総理大臣,大統領をデモで非難するのは分かります。

従って,このデモを否定するのは,言論弾圧になります。

しかし,その国の国旗は,長い歴史の産物です。
少なくとも現在の政府の姿勢等とは全く関係のない話です。

国旗を燃やすことが,何故,時の政府を批判することに関係つけることができるのでしょうか。

国旗を燃やす行為は,その人が目指す政府批判とは全く無関係でありますし,
そればかりか,かえって,一般国民(先人)に対する冒涜だということです。

    例えば,卑近な例で説明しますと,
    早稲田大学の今の総長の○○さんに問題があるとして,
    彼に対する抗議の趣旨で早稲田大学のシンボルの品を抗議デモで燃やしたとしましょう。

    しかし,これは,早稲田を作った先人や伝統への冒涜であるだけでなく,早稲田卒業生や在校生に対する侮辱になるはずです。

    今の総長を問題だとして,彼を吊し上げることと,長い歴史のある早稲田を冒涜することとは本来別物です。

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