1075 共謀罪今期成立か。弁護士の考えはもう古い(爆弾犯人を取り押さえた警官は英雄)。

我々弁護士は,この法案論議で,またまた取り残されていかないか心配です。

昨年の安保法制で,憲法学者が猛反発しましたが,
今年の北朝鮮や支那の行動を踏まえると,もはや軽蔑の対象となりつつあるようです。

弁護士もこの法案の反対で信用されなくならないかが心配です。


【30年前は共謀共同正犯ですら真顔で否定する学者が多かった】
刑法学者の多くは,つい30年程前まで,なんと共謀共同正犯を否定していました。
今の憲法学者の因循姑息さによく似ています。

    共謀共同正犯の典型例は,
    やくざの親分が舎弟に目配せして,敵対する組の頭を狙撃して殺す等です。
    もちろん現場に赴いて手を下した犯人は,1人の舎弟です。

    裁判例では,この場合,指示した親分は,共謀共同正犯として,殺人犯の舎弟と犯罪内容としては同格,量刑としては子分以上の重い刑罰に処してきました。
    考えれば,こんなのは当然の話です。

ところが,刑法学者は,このように,考えました。
殺人罪の規定をひたすらにらみつつ,殺人行為を自らの意思と手で行う子分については,直接殺人罪の処断を受ける。しかしそれをしていない親分は精々援助者等にすぎないと。

「もし,親分も現場に行って,子分と一緒に狙撃したのであれば,
親分も子分もともに実行犯であり,仮に親分の弾丸が命中せず子分のそれが命中しただけであるとしても,2人は共同正犯(真正の共犯者)として,親分も殺人罪が成立する。
この場合2人とも,殺人罪の規定のとおり,自らの意思と手で殺人行為を分担したからだ。」

「ところが,やくざの親分は,事務所にいただけであることが多い。
この場合,殺人行為を自らの意思と手でしたのは子分だけだから,
親分はあくまで,教唆犯(子分の殺人行為を唆した),
あるいは拳銃を貸したのであれば幇助犯(子分の殺人行為を助けた)である」と。

このように,学者は真顔で述べて,最高裁判所判例を非難した時代があり,しかもそれがやたら長く続きました。そして我々受験生は彼らに教わっているので,その通り暗記しました。

でも,こんなのは,如何にもおかしいですよね。
親分の指示には何でも従うのが子分なのに,子分の方が主役で,親分が脇役みたいな。
どこぞの会社でも一番偉い人は,前衛部隊には顔を出しませんよね。
(暴走族の総長も,ずる賢く自らはバイクを運転せず,配下に運転させます。)

私らが合格した後くらいから,刑法学者もさすがにそのばからしさに気づき?
『優越的行為支配』という難しい考えを導入して,
子分を鉄砲玉のように使える親分は,殺人行為そのものは子分がしたとしても,子分を支配している以上,子分の行為をも支配したとして,親分に直接殺人罪を適用できる,という考え方が主流になり,現在に至ります。

    例えばゆうパックに毒饅頭を入れて,郵便局員に配達させた場合には,何も知らない郵便局員は罪にならず,荷出し人が殺人罪に問われますが,それの応用です。
    やくざの親分子分の場合と違うのは,現場に行った人が分かってやっているか,そうでないかの違いだけで,いずれにせよ仕掛けた人間が圧倒的に支配的で悪いといえます。


【刑法は,罪刑法的主義,そして思想は罰しない】
伝統的な古くさい刑法理論では,罪刑法定主義を殊更に重んじるので,
殺人罪という条文に直接あてはまる行為をしたかどうかで決めます。
そうでないと,「どんどん処罰対象者が拡大する危険がある!」というのです。

また,刑法は行為を罰するのであって,思想は罰しないという考えがあります。
思っただけでは処罰されない。
魔女裁判のようなことを避けようとしたのかきっかけだと思います。
思想のあり方もありとあらゆるものがありますので,処罰範囲もやはり広がりすぎるというわけです。

しかし,やくざの親分子分の関係で,親分が殺人罪の条文にあてはまる行為を直接していないから,殺人罪が直接は適用されず,援助罪的なものしか問われないというのは余りにも変です。
また「親分がつい口を滑らしたら(現場に行ってもないのに)殺人罪になるのは不当だ」とか言う考え方もおかしすぎます。


【共謀罪に懸念を表明する刑法学者や弁護士】
共謀罪に懸念を表明する刑法学者や弁護士は,前段の懸念を,未だに引きずっていると思います。
特に,思想を罰しないとの原則に反するとか言われるわけですね。
処罰対象範囲がやたら広がりすぎる危険があるのではないかと。

でも,テロというものは,先の親分子分の活動方法よりも,むしろはるかに融通無碍・柔軟になされるわけです。
しかもテロ行為は,普通の国民ははなから思ってもみないし,計画なんぞ立てません。
テロを目指して思案を巡らす方が逆にどうにかしている話です。

犯罪を計画しておきながら,しかも卑劣なテロ行為を計画しておきながら,未然に防止するために警察が介入することが,不当だというのもおかしいですよね。


【爆弾犯人と疑わしい人物は,令状なく取り押さえても結果オーライ?】
爆弾犯人を職務質問で取り押さえ,未然に大惨事を防いだ警察の鑑の話があります。

普通,警察は,令状がない単なる職務質問では,本当は犯人であっても無理に引き留めることはできないとされています。これを任意捜査と言います。
もし取り押さえたら,それは令状なしに強制力を行使したということで,職務質問としては本来違法であり,後に責任追及をされることがあるというわけです。

しかし,爆弾犯人とおぼしき人物を発見した警察官が,
裁判所に逮捕状等の令状請求をするいとまがない時,
そして職務質問の結果,対象者の如何にも怪しい態度から,そのバッグのチャックを同意なく下ろして中身をみても,それで爆弾を発見できた場合には,違法ではないとした裁判例もあります。

私は,テロ防止法としての共謀罪も,考え方としてはこれと似ているかも,と思います。
(一見勇み足に見える危険があるようでも)実際にテロが起こってからでは遅いのです。

思想や思っただけでは,計画しただけでは処罰するべきではないとの原理原則自体を否定するものではないですが,ただ紳士的過ぎると取り返しのつかない場合もある。

敢えて乱暴な言い方をすれば,
テロ犯罪を計画することをみすみす許容してしまうこと,
それによって,国民が危険にさらされるのは,やはり問題だということです。
→後注)


    後注)
    妙な喩えで恐縮ですが,例えば,
    DV防止法によれば,裁判所は配偶者に近づくなという命令を出すことができます。
    これまで妻に暴力を振るい続けていた夫であって,今後もそのおそれがあるときは,夫に対し,妻への接近禁止命令が出せるのです。

    しかしよくよく考えると,これは未だ将来の話しです。確かに未来予測はしているとはいえ,予防的な発想で,未だ実行されていない将来に対して,夫に規制をかけうるのです。

    女性の人権にうるさい共産党や,人権派弁護士は,テロ防止法たる共謀罪は,このような未然防止の法律だと思われた方が良いのではないか。

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