1036 ネット時代ならでは。比べてみたい,遠藤宣彦と中島岳志の考えの深浅や見識の高低

ネット時代は実に良い時代ですね。
すぐさま,論者の比較ができる。

両者を並べての対照比較の利点は,考え方の優劣やその深さ浅さが立ちどころにわかることです。

単に理屈だけなのか,机上の空論,空中戦なのか,それとも
地に足を付けたきちんと考え抜かれたものなのか。
それが聞き手の誰にとってであっても,予備知識の何もない方であっても,
つまりは理論分析しなくとも,一目瞭然に優劣・良し悪しが判明するのですね。

もっと言えば,ニセ物にごまかされなくなる。

    ただ,所謂討論番組は,日本のは何かだめですね。
    朝生みたく,相手方が核心部分に差し掛かると話をさえぎったり,
    司会の横暴によってカットされたり,議論をわざと混乱させられたり。

    声の大きい方が勝ったりするし,
    印象操作や揚げ足取りの上手い人がいると,正規の議論が成立していないことがある。

    要は,一通りきちんと意見を言い尽くさせて貰えない番組になっていることも多く,
    意見を比較するため,その前提となる意見聴取そのものができない常態に陥っていることがある。

    また多くの論者がいると,いくつもの見解が一度に多重衝突するので,逆に見ている方は頭の中がとっちらかってしまう。
    2つだけならまだ比較するのはできても,一度に4つも5つも比較するのは、聖徳太子でもない限り?,無理というもの。

    →後注)


そんなわけで,下の二つのブイを見られること,比較することをお薦めします。。
同じ投稿者の,しかも同じ日に投稿されたブイながら,どうしてこうも違うのだろうと思って仕舞うほど,論者のレベル,議論の深さ,見識の高さ等の優劣が際立っている。

とにかく本物とニセ物が直ぐに分かります。


【1つだけを聞いたら欺されるが比較すると欺されない゛】
一応有識者と呼ばれる人の見解は,理屈は元もらしいことを言うので,それだけを聞くと欺されてしまいます。
ロジックは一応あるので。

しかし,比べると,もはやその手は通用しません。


    後注)
    実は,つまらないことしかいえないのは,
    当のコメンテーター自身が,いちばんよく分かっていることかもしれない。

    「小金稼ぎのコメンテーター」
    テレビ局や一定の勢力からお金をもらったりするので,背に腹は代えられないのだと思います。

    良からぬ誰かの要請で,相手に正論を言わせないようにすることに協力してでも,
    悪魔に魂を売ることになるとしても,もお金をもらい続けなければならない。

    悲しきコメンテーター。

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