1010 憲法学者の蹉跌 憲法は外国人はともかく,大多数の国民から無関係視されてきた。

逆説的ですが,戦後の憲法論は,ほとんど外国人が持ちかける議論,
彼らを護るために同調した者による問題提起ではなかったか

    私が大学生の時話題になっていた憲法論議は
    外国人の指紋押捺問題でした。
    当時は,違法移民問題や,通名の問題点等を知らなかったので,
    「指紋押捺は可哀想かな」と思ったことはありますが,
    これは外国人の人権です。

    私が裁判所に入所した平成初期には,外国人通訳です。
    外国人が日本では急激に増えたため,裁判所ではありとあらゆる国の言葉による通訳制度が整備されていきました。
    これも母国語による刑事裁判を受ける権利という人権問題です。

    比較的最近では外国人参政権です。

    最も新しい議論が,ヘイトスピーチ法制定です。
    一般国民からすとどうしても偏っている様にしか見えません。
    少なくとも相互主義を掲げるべきです。

    そもそも戦後のどさくさには,特定国の外国人が,市役所等を次々に集団で襲撃して,
    民族教育を行う学校の独自存続と,生活保護を,事実上ですが,勝ち取り、現在に至ります。

    1960年の安保闘争は,ソ連から学生運動工作資金が拠出されていたことは有名な実話です。

このように,日本で憲法論が持ち上がる場合としては,外国人問題が多かったのではないか?


【日本中で最も買われている法律書が憲法だが】
なるほど,日本中で,憲法の教科書だけは,法律書の中で最も多く売れています。
ただし,買われていることと読まれていること,まして議論されていることとは違います。
(先の外国人等による問題提起等は別です)

憲法の教科書だけは,全大学生が一度は買わされます・・・・一般教養学問として。
法学部生は,多くの法律書とともに憲法を買いますが。

日本の大学はモラトリアムです。
法学部生ですら,法律学一般についてそう勉強はしません。
試験前に他人のノートを借りてきて覚える程度です。
だって,民間の就職には必要ありませんから。
しかもそんな勉強時間の少ない中で憲法をまともに学習する方は圧倒的に少ないです。

憲法をまともに勉強するのは,わずか司法試験組くらいです。
そして司法試験合格率の高い大学でも全法学部生のせいぜい1割の人数です。
一般大学の法学部では5%にも満たないでしょう。


【公務員試験と憲法,そして立憲主義】
日本には,国と地方を併せ,公務員は数百万人います。
その採用試験には必ず憲法の科目があります。

ならば,公務員になった方は憲法を真面目に学んだでしょうか?

公務員の憲法の試験は,極めて初歩的なレベルのものばかりです。
上級職でも大学1,2年レベル。初級中級は,言わずもがなです。
公務員にとって大事な科目は行政法です。憲法ではありません。

公務員は,裁判所の職員も含めて,やるお仕事は行政事務又は行政的なことばかりでず。
憲法は,何も知らないでいることだけは困る,という程度です。
一般常識レベルで構いません。

公務員は法律によって仕事をしますから,仕事に直結する法律の規定こそが重要です。
憲法は直接使うことがありませんので,公務員の日々の仕事には全然必要ではありません。
ですから,職員研修に憲法の科目はありません。

裁判官の司法研修所における研修でも,憲法の科目や講演等は見たこともありません。
天下の大蔵省・財務省はそんなことに予算を付けることはありません。

行政庁の中の行政庁たる財務省は憲法よりもエライ?

    こうした事態を,憲法学上,「行政国家化現象」と呼ばれています。
    行政の肥大化により,議会を凌駕して圧倒してしまっています。
    そのため,法律が行政庁を縛るのではなく,行政庁にお墨付きを与えるために法律が作られるという逆転現象の間違いが生じるという話です。
    お役所の権限の拡張のために法律が制定されるのが現実なのです。

    そんな行政庁は,憲法はどう扱うか,と言ったら
    どうひいき目にみても,お飾り的な意味しか持ちません。

    憲法は,本来こうした行政国家化現象を認めていませんので,行政のお役人が憲法をひたすら後生大事にすることが基本的にはないのです。

      今はやりの「立憲主義」になぞらえて言えば,国家権力を縛る対象は実はこうした行政庁の権力のことだといっても過言ではないのです。
      マスゴミは,記者クラブ制度のために,政府だけを「国家権力」と名指ししていますし,当の行政庁も立憲主義による規制対象であることはおくびにもだしません。
      このように,行政庁は,憲法・立憲主義がしゃしゃり出てこられると困る,くらいに考えています。
      だから憲法はそっとしておくのです。


【憲法学者もあぐらをかいてきた】
憲法は,このように日本人の日常生活には必要がなく,全くといってよいほど関心が持たれませんでした。
にもかかわらず,大学生の全員が一度は買わねばなりませんでした。
大学進学率40%だとすると,人口の4割が一度は憲法の教科書を買わされるわけです。

おまけに,辛うじて仕事に憲法と全く無関係ではない,お役人からも,興味と関心をもって深い議論や研究が進められることがありませんでした。

憲法学者は,そうした二重・三重の意味合いにおいて,あぐらをかき,のほほんと暮らしてきただけではないか。
憲法を必要とする人が日本では外国人ばかりだったために,外国人の視点に立った憲法解釈ばかりしてきたのが実態ではなかったか。

憲法学者が,昨今の緊迫した海外情勢につき,機能不全に陥っており,
国民から見放されつつあるのを自覚すべきです。

    憲法前文や9条2項について,
    一般国民が誰もついて来れないような精緻な解釈論を重ねてみても,
    国が侵略されたり壊れたりしたら,まったく無意味です。
    (被侵略時は日本国憲法は即刻破棄です。東京にミサイルを落とされたら,日本の機能が壊滅です。2000万人前後の日本人が死傷するかもしれません)

    一方では,法律家ですらめまいを覚えるような精緻な憲法9条の解釈論を展開するのに
    他方では,そもそも全く立憲主義に立っていない暴力国が近隣にあるのにこれを議論しないのです。
    放送禁止用語でいうところの,片手落ちです。

    このように,全体を見失った,一部分についてのみ超弩級の精密さを誇るだけの学問的態度は,まったくもって「有害無益」,ひいき目に言っても,もはや「無用の長物」です。

日本国,日本人を守れない憲法学者は,必要ありません。

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