1009 佐藤幸治憲法学者も「戦前の米ルーズベルト大統領は立憲主義破壊者(秘密独裁主義)だった」

『立憲主義って何だ』のSEALDsは,何だったんだ
と言いたくなる今日この頃です。

    8月15日の解散(=雲散霧消)は,SMAP解散に吹き飛ばされましたが,
    SMAP中の4名の謀反?は,独裁者に対抗する『立憲主義』活動だったかもしれません。

    そもそも28年も活動したSMAPと比べものになりません。

さて,SEALDsのお陰で?,立憲主義という言葉は,一応流行しました。。

それが良いも悪いも,使い方次第です。


【佐藤幸治憲法教授の立憲主義講演ではFDRを批判!】
SEALDsの馬鹿騒ぎに,憲法学者は昨年引っ張りだこだったのかもしれません。

佐藤幸治憲法教授による
『立憲主義の史的展開を踏まえて 世界史の中の日本国憲法』
という講演録の書籍が戦後70周年の昨年8月15日に発売されています。
ルーズベルトは極悪人の立憲主義破壊者
佐藤幸治は,同年4月にも,
『立憲主義について 成立過程と現代』(放送大学叢書)
を出版されています。
・・・・相変わらずの商売上手です。

ところが,佐藤幸治教授は,最初の講演禄の書籍において
戦前日本を追い込んで米国との開戦を仕向けた
当時の米民主党出身大統領フランクリン・ルーズベルトについて,
立憲主義に反するとして,強く非難しているんですね。

    ヤマダカツテない(=未だかつてない。古っ!),彼としては画期的な発言です。

    彼が司法試験委員になって,青林書院「憲法」を売りに売りまくった約40年前からこれをちゃんと言ってもらわないとね。
    →後注)

    司法改革座長や最高裁判事になると,
    象牙の塔にこもることもできず,世間の風を感じるのかもしれません。


【佐藤幸治「ルールベルトは大いなる立憲主義違反を犯した」】
同書72頁
「ルーズベルトは,・・・・(その)法律を違憲無効として立ち塞がる合衆国最高裁判所に業を煮やし,最高裁判所の骨抜きを図った
「連邦司法部改革案の教書を議会に送り,裁判所が事務多端で非能率になっているとし,」憲法上裁判官の身分として終身制が保障されているにもかかわらず,「70歳になっても自発的に退職しない裁判官と同数の裁判官を任命する権限を大統領に与えるように求めた」。
彼はとりわけ,連邦最高裁裁判官の定員は9名であったにもかかわらず,その上限を15名までと,6名まで新たに任命することのできる大統領権限を求めた
と。

    しかしさすが法の支配の国なのか,民主党が両院で絶対多数を占める当時でも,彼の要求を強く拒絶したとのことです。
    「その根底には,『法の支配』や『司法の独立』というような国の成り立ちの根幹にかかわる”暴挙”といった意識が(与党民主党議員からでさえ)働いていた」のです。

    言うまでもないことですが,憲法(人権)を護る最後の砦が最高裁判所です。
    その最高裁の裁判官が気に入らないからと言って,大統領権限で,しかも全員すげ替えることができる法案なんて,三権分立の全否定,ヒトラーなみの独裁です。
    ヒトラーが議会制の全否定なら,ルーズベルトは裁判所・法の支配の全否定です。
    まさに究極の立憲主義の破壊です。


同書73頁
この法案についての,米民主党議員のルーズベルト大統領への非難・反発の理由として,
米民主党の領袖にも全く相談しないで決める「彼の『極度の秘密主義』」の態度があった。

「ヤルタ秘密協定はもっとひどいものでした。この秘密協定は,ルーズベルトの全くの個人外交の産物でした。」それは,一緒にヤルタに行った国務長官すら見たことも聞いたこともない協定文書が,同大統領の死後出てきたということです。


【佐藤幸治「中国憲法は立憲主義憲法ではない」】
同書31頁
日本国憲法と中国憲法は内容が全然違うとした上で,
ただ憲法典があれば,これに記載されていさえすれば,
立憲主義に則っているかというと決してそうではない,
要は,内容によるのだ,と明確に述べています。
→後注2)

現に英国は,不文憲法だが,立憲主義の元祖であるとも。


【SEALDsはパンドラの箱を空けた】
今は蜘蛛の子を散らすようになくなったSEALDsですが,
その功績は,彼らがお馬鹿な騒ぎしたお陰で,
こうして左翼的なことしかいわなかった憲法学者までも
正しい立憲主義やその歴史をひもとかざるをえなくなったことです。


    後注)
    日本国憲法は,そもそもルーズベルト大統領の突然死を引き継いだトルーマン民主党政権下で米国占領中に押し付けられてできたのですから。


    後注2)
    これを言われるなら,もっと突っ込んで支那の周辺国への侵略侵攻の歴史や人権侵害にも言及すべきでした。

    戦後体制にどっぷり染まった彼が,機を見て仮に一歩踏み出すとしても,ここまでが限度なのでしょう。

カテゴリー:立憲主義

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