985 GHQ=コミンテルン路線を何としても継承したい支那ペキンテルンら

今をときめく,ノンフクション作家・中国評論家
河添恵子さんのブイは,やはり啓発されるところが大きいです。

最新のブイ二本です。
『歴史戦はオンナの闘い』の出版を機になされたものです。

戦前の日米開戦には,ソ連のコミンテルンが深く日米に潜入してたことは
ベノナ文書等で明らかです。
ルーズベルトのソ連におけるコードネームは「キャプテン」でした(江崎道朗)。

彼らは敗戦革命,つまり日米決戦をスパイ工作により煽り闘わせて疲弊させて,
その上で(負けた)国を乗っ取るというものでした。

ソ連の本格的な侵攻はできなかったものの,
日本を占領したGHQには,やはり引き続きソ連のコミンテルンが入り込んでいました。
かのマッカーサーですら,
「ワシントンよりも,ソ連の方が先に,我ら占領の現場のことを知っている」
と愕然としたエピソードがあるそうです。

    しかもGHQは敗戦国の3か国で占領政策をしましたが,
    共通するのは,社会主義憲法を除く
    世界の憲法には例を見ない「学問の自由」が特に明文化されているのです。

    表現の自由に思想信条の自由もある,おまけに労働基本権も認められている立憲民主主義憲法に「学問の自由」は,論理必然ではありません。
    現に他国には普通存在していないのです。

    「学問の自由」はコミンテルンの歴史的金字塔です。


【GHQの占領政策をなんだかんだ引き継いだもの】
GHQの占領政策は7年で終わりました。
しかしそれは,勿論ソ連がそのまま引き継ぎました。

また北朝鮮や韓国の役割,所謂第三国人の役割もそれだったでしょう。
パチンコマネーによる,マスコミ界,政界への浸透も,
日本を支配するにあたっての大変有力な手段となったでしょう。

1970年代,80年代は,日本の政治家が歴史認識を言うと,
朝日新聞を筆頭格とするマスコミが一斉に攻撃,閣僚はその日に辞めさせられました。


【ソ連崩壊の後は,ペキンテルン】
ソ連はその後崩壊しました。
ソ連コミンテルンのスパ貴工作に関するベノナ文書も
ソ連崩壊により証明が完了したのです。

しかしちょうどその立場を承継した国がありました。
支那共産党です。所謂中国共産党です。

支那共産党にあっては,何としてでも
ソ連コミンテルンが操っていたGHQ路線をそのまま引き継ぎたい,
そのまま日本の武装解除を続けさせたい。
そのまま日教祖や真っ赤っかのアカデミズムの日本の大学の有様をそのまま支援温存して行きたい
ということでした。

いずれは,チベット同様,日本を中国の自治区に,
とこう考えているのでしょう。

戦前を暗黒時代と捉えるGHQの施策を継承するのが,ペキンテルンの願いです。

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