896 平和概念には,日本の平和,世界の平和,そして相互対等の(自由と)平和がある

    私は少年事件で,こんな少年に出会った経験が有ります。
    クラスメートと喧嘩に明け暮れている少年でしたが,それを説明して曰く
    「喧嘩で勝つことこそが,平和なんだ」と。

    もちろん,少年鑑別所に送られたのですが,それを評して曰く
    「今は,檻の中だから,クラスの生徒は誰もやってこない。
    喧嘩にもならない。実に平和だ。」

私は,事件を通して
平和という概念にも色んな意味があると悟りました。

実は,私もそうでしたが,
日本人ほど平和の観念を抽象的で漠然と捉える国民はないのではないか。


【中国人の平和の観念】
中国人は,和平という言葉を使うらしいのですが,
伝聞ですが,和平は,相手達を平らげていくというような意味だそうです。

お互いに協議して相互調整しつつ妥協点をすりあわせるのではなく,
自分の意見でもって,周囲の人間を平らげていくという意味だと聞いたこともあります。

正確な話かどうかはさておき,ただ,仮にそういう考えがあったとしても
理論的には格別おかしな話ではないと思います。


【極論すれば,いじめやスケープゴートだって平和の1つだ】
小保方さん事件を例に出すまでもなく,
日本で起こるいじめやスケープゴートも,ある種の平和だといえば平和です。

一人を徹底的に貶め,反論させないでやっつけることで,
その余の大多数の研究者が平和でいられるのですから。


【日本の平和と世界の平和】
世界平和という言葉も,従って眉唾物になります。

日本がひたすら自虐的に謝りソングを歌い続ければよいとの
デイブレイク新聞のとおりになって,
結局ナパージュがウシガエルの侵略を許すこともあり得ます。
(カエルの楽園より)

平和という言葉を日本人が日本国内で言うのであれば,
世界平和よりも,せめて日本の平和をまず言って欲しいものです。
そうすれば,少なくとも日本人の平和を守らなければということになるからです。

ただ,日本の平和とだけ言うと,
「日本さえ平和なら,他国はどうなっても良いのか」
とのお叱りを受けるかもしれません。


【相互対等の(自由と)平和】
このように見てくると,結局,相互対等の平和の言葉使いが適切です。

この言葉は,他国の日本侵略も,日本の他国侵略も同時に否定しています。

日本の国民の自由を護る立憲主義を重視するなら
相互対等の自由と平和というように,「自由」を追加しておくべきです。
「自由」を「正義」に言い換えても構いません。

そしたら,他国の人民解放軍の侵攻により日本国民の自由が奪われることは断固拒否できます。
日本や日本人は,他国の植民地や,奴隷にはなりません。土地も奪われません。
流血を伴うか,無血かを問わず,とにかく他国の奴隷等にはなりません。

もちろんその反対に日本がそれをしてもいけません。


【占領された敗戦国ドイツ・イタリアの憲法に学べ】
実は,ドイツやイタリアの憲法には,そうした相互主義が銘記されています。
しかもドイツやイタリアは,日本と同様敗戦国にして,米国に占領された国,
なおかつ侵略戦争放棄をも勿論定めていますので,大いに参考になります。

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