875 弁護士の説明義務は,礼儀作法の真髄(結局誠意のみ)に似ている。

弁護士等の専門家の説明責任の一般原則は,前回詳述しました。
 →874 弁護士の説明責任義務問題 全力疾走してもなお野手の間に落ちるボールのよう
その続きです。

    現代の説明義務問題の核心は,相手の納得だけを基準にしたら,何処まで説明しても終わりがないことがあるのです。
    どんなに言葉を重ねても,どれほど時間をかけても,です。

    言語学的見地からしても,「説明」や「理解」には自ずと限界があるはずです。

今回の論考は,そんな説明義務の問題について
より直感的,ヒューリスティックに説明しようと思います。


私の姉は,当時の東海銀行に入行しました。
当時としては極めて立派な職場に入社できたので
礼儀作法は,徹底的に習ったそうです。

    でも,その姉曰く,
    「礼儀作法をどんなに尽くしても,完全を追及しても
    分からない人(分かろうとしない人)には絶対に分からない。」
    「逆に,礼儀作法としては間違った事をしても,誠意で対応すれば
    大抵は通じるものだ。」
    「結局礼儀作法とは,形ではなく心。相手への誠意を尽くすことでしかない。」

どんなに完璧な礼儀作法を追及しても,決して完璧ではない,むしろ無駄だと言い放ったのです。
姉は23歳で結婚退職しましたから,この若さで,この境地に達したのは,弁護士になった私から見てもスゴイと思います。


【説明責任を厳しく求める人,全面お任せの人】
我々弁護士にとって,不思議なのは,
①本当にとことん説明を求めるタイプの依頼者がいる
と思えば,その正反対に,こちらから裁判の経緯を報告しようとすると
②「先生に全部お任せしておりますので」と報告さえ聞こうとしないかの方もいらっしゃる。
しかも,後者のような方に限って,頼みもしないのに毎回付け届けをくれたり,
「追加の費用は大丈夫ですか」と10万円持ってきたり。
ただただ申し訳ないと思えるような方もいる。

同じことをしているつもりなのに,どうしてこうも違うのか。

ただ,多くの方は,多かれ少なかれ①②の両方の要素を持っており,
相手によってそのいずれが出てくるかが変わるのかもしれない。


【実は関係の作り方の巧拙?】
一見関係ないことのようですが,実は前段こそが本質かもしれません

②の完全お任せの方は,人付き合いがとても上手でむしろこちらがその手の上で転がされているのかもしれません。関係の作り方が上手いのです。

①の方は,ある種一本気で正直なだけかもしれません。

つまり,人間関係の作り方がそう上手くもない我々にとって,
相手が上手な場合は,上手く行く。

これに対し,①のストレートな方に当たると,こちらも付き合いが下手なので,上手く行かないのかも。

    しかも,その方のために一所懸命対応しているようでも,結局のところ,
    その方のしてくる質問等にただ正確に返答するしかなくなったりしていたりし,
    挙げ句に,関係が上手く行かなくなってしまう,ということはないか。

    念のため反省はしてみるべきです。



【説明責任も誠意から?】
説明責任の問題も,儀作法の本質ないしその限界の話と似ている側面があるかもしれません。

というのも,一方では,いくら説明を尽くしても終わりはない。完璧なんてあり得ない。
説明責任の追及を始めたら,説明を求める側もする側も,本当に果てしがない。
何処まで言っても満足するところまでは行かない。
ショートメールやメールを年間合計2000通交わすくらいに,説明を果たしたつもりでも,
それに疲れてしばし休んでいると,早速「説明が足りない」と言われることだってある。

また他方では,逆に,先の②の例じゃないが,相性が合えば,説明責任なんておよそ問題にならない関係性が現に存在する。
(もちろんこの良好な関係のある方の場合でも,説明は実際にしているが。)

結局は,説明をする側は,誠意を以て対応するしかない。
→後注)


【結局,これしかないかも】
要は,その方と信頼関係が構築出来なかったということに尽きるのかもしれません。
よくよく振り替えると,質問に答えたりすることに精一杯で
実は心ある思いやりの言葉や,お世辞1つすら言えてなかったかもしれません。

    信頼関係さえ出来ていれば,前記①のストレートな方が仮に質問メールをして来ても,
    むしろ余裕を以て対応できるかも。
    「忙しいので,1週間後でいい?」と敢えてお願いしたり,
    「ネットで調べても直ぐ出てくるよ」は突き放してもよいのかもしれません。

    ただひたすら質問メールに理論的に返信しても,それで説明,否,義理を尽くしたことになっていることは少なくともないのかもしれません。



【同時に,信頼関係を作れる相手を選ぶこともまた必要】
とはいえ,弁護士の仕事は,元々お客様との二人三脚の仕事であり,
信頼関係がやはり命です。
→後注2)

しかも契約である以上は,相互作用の話になります。

ですので,弁護士の側も,お客様の側も,
依頼を受ける,依頼をしたい相手の基準というのを自分なりに持てたらと思います。
こんなはずじゃなかった,でお互いが不幸にならないように。


    後注)
    これは,時に聞く俗説ですが,医療過誤訴訟について
    いつも親切に声をかけてくれるお医者さんだと,手術等に問題が多少あっても、訴訟は提起されないと聞きます。

    逆に,それがないと,医学的には完璧な受け答えをしていても,ミスがあったと思われると医療過誤訴訟を起こされると。

    本当かどうかは分かりませんが,
    我々法律家の世界では俗説としてよくそう言われています。

    後注2)
    しかも例えば,基礎となる事実関係は事件に関わった本人しか知りません。
    弁護士はその体験の共有はないので,そこだけはどうしても,依頼者にお願いしなければならないのです。
    常に弁護士は説明する人,常に依頼者は説明を受ける人では必ずしもないという,構造的な難しさも横たわっています。

    例えば,こちらの質問は答えないのに(場合によっては,明白な間違いを述べていたりして,それが後で証拠で分かることもある),弁護士にばかり説明責任を求められても,それでは相互理解が深まったりはしないでしょう。

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