855 モラルハザード,モラル・ハラスメントは罪刑法定主義で考えると分かりやすい(小保方問題も)。

432 モラル・ハザードvs.モラル・ハラスメント
でも,述べましたが,ただその時の説明は
モラルハザードだと声高にのたまうヤカラほど
逆にモラル・ハラスメントになってんじゃないの?
ということでした。


モラル・ハザードとか,モラル・ハラスメントで言われるモラルとは
「法律未満(の責め道具)」といった意味です。

法的にはなーんも言えん,でもそれじゃあ腹立たしいので,
道徳を持ち出して相手をいじめ抜くという悪しき裏ワザ
のことです。


法律家は,法規範と道徳とのせめぎ合いを時折経験します。

大抵は,道徳や常識がそのまま法律になることが多いから,
いつもそこに問題が発生しているわけではない。

ただ,法律と道徳とは,常に合致しているとは限りません。

    しかも,道徳の方が常に法律よりも崇高で尊いものだと考えるのは実は正しくありません。
    実は。。。
    法律は国会によってきっちりと決められたもので,しかも憲法の人権規定の縛りもあるわけですから。
    利害関係者間の調整も勿論しているのです。

    また,道徳がそのまま法律になった場合でも,きっちり作られた法律を見ればよく,
    その場合にはもはや道徳を独自に持ち出す必要はないことにもなります。



問題となるのは,法律にないのに,道徳だけで厳しく断罪すること。
これが最初に述べたモラル・ハラスメントのヤカラやモラルハザードを口にするヤカラの問題です。
法律では決して許されないのに,道徳で責め抜いて良からぬ目的を達したり(離婚),
あるいは逆に法律上認められているのに,これを道徳で阻止しようとする(破産)

等が問題だというのです。

もし道徳が尊いというのであれば(実際尊いですが),
自分を縛る基準とすべきで,他人を縛ったり,責める道具にはするべきではありません。
自分は縛らず,他人ばかり縛ろうとすることが間違いなのです。

法律は本来それができないように出来ています。


【罪刑法定主義で考えてみると分かりやすい】
ここで,もっと分かりやすくするために,
罪刑法定主義を考えてみるとよいと思います。
これは本来刑事事件の問題ですが,
法律と道徳の関係性の問題に対する考え方としては分かりやすいです。

    罪刑法定主義は,法律に書いてあることしか罰せられません。
    新しく罰則ができた場合も,それができる前にした該当行為は罰せられません。
    ・・・・ここらが前記悪しき道徳とは完全に違います。

    例の小保方さんを責め抜くやり方が余りにも自由すぎることは,道徳の最大の問題です。

法律に書いてなかったのに,突然逮捕され
何年も刑務所にぶち込まれてしまったら,
大変なことだというのは誰だって分かります。

では,刑罰以外の問題を見た時,
本来法律では許されないことなのに,
道徳で相手を責め抜いたら,同じ目的を達することができてしまうというのはどうでしょうか。
拙いのではありませんか。

    小保方さんの場合も,法律に何ら反するものではないのに,
    しかも現に余りにも多くの学者達がコピペをしていたというのに,
    研究道徳というものを持ち出して,とうとう研究者生命を奪ってしまいました。

    HPは出されましたが,
    「もう研究できません」「だから,誰か成功させて下さい」
    と言っているのです。

    かの研究者という狭いムラ社会で,
    小保方さんが復帰できる環境は少なくとも今の日本にはないはずです。

その意味で毎日新聞とNHKは本当に小保方さんに酷いことをしました。

武田邦彦先生によれば,
NHKは,鳥インフルで同種前科があるそうです。
ただでさえ苦しかった養鶏業をしていた老夫婦は首をつって自殺したということです。

早く解体して欲しいですね。

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