831 広島中学生ぬれぎぬ自殺 3年間の努力を全否定する誤った運用 ならば過ちを犯した先生は未来永劫許せれないはず。

本当に怒り心頭のニュースです。
中学生が、先生のかけたぬれぎぬで自殺だなんて。
中学生にとってぬれぎぬは大いに自殺の原因たり得るのは疑いがないです。

ただ、生徒の必死の抗議を聞き入れなかった担任の問題は多くの論者が語っています。

    生徒の言い分にはよく耳を傾けるべきです。
    聴き取り筆記によってで来たデータなら元データの持ち主、
    要は口授した先生に裏取りするべきだった。
    伝聞証拠の怖さを知らないとは。。。初歩的なミスですね

そこで、私は、あえて別の点の指摘をしたいです。
それは、3年間完璧でないと推薦はしないというとんでもない学校方針がったこと。
はあ?これで教育者といえるの?

大学院等への推薦ならいざ知らず、
中学生時代に一度でも過ちを犯したら、あとの学校生活をどれほど頑張って、めざましい成果を上げてもそんなの関係ない、というのだから。。


こんなの教育者じゃない。
つまり今回自殺に追い込んだ担任は、
仮にその生徒が1年生時代に万引きしたデータを信じていたにせよ、
その後の3年間のがんばりすら全否定したわけだ。

    実は中学校くらいではよくある話しとして、
    ほとんどの科目は好成績を挙げているが、ただ1科目だけどうしても箸にも棒にもかからないという生徒がいる。
    そのとき、その一科目のために、せっかく合格水準にある高校に行けなくしてしまうのではなく、嘘になるかもしれないが問題の科目に下駄を履かせて志望校行きをサポートすることはままある。
    その生徒の幸せのため、なによりそうした温情を掛けることで、逆に教育的効果を果たそうという手法である。

    なるほど、今回の生徒のときは推薦における内規の改正が既に学校内でされており、
    3年間で一度でも失敗があれば推薦しないとなっていたようだ。
    でも、誤ったデータの引き継ぎがあったにせよ、この生徒は2年間以上本当に頑張ってきたという。
    であれば、先の下駄はかせ慣行の様に、
    何とかこの生徒の成長と幸せを願って、規定の再見直しや特例を認める便宜(加点事由の見直し)をしたら良かったのにと思う。

結局、この生徒は、教育とは何かを知らない、
なる面子ばかりを気にする中学校の杓子定規対応により、
犠牲になった側面もあるということだ。


中学校1年時の過ち(実は過ちはなかったのだが)を
3年間どんなに頑張っても払拭できないとするなら、
「それ程世の中は厳しいのだ」と言いたいのであれば、
その言葉を担任の先生にそっくりそのままお返ししなければならないだろう。

    すなわち、担任の先生はとてつもない重大な過ちをしでかした以上、
    国家賠償訴訟を受けて自ら多額の賠償債務を負担せよ。
    (市町村が代わりに責任を負うだけでは足りない)
    そして一生涯この汚点が払拭されずに勤務評定に残り続けることを覚悟せよ。



教育とは刑罰とはそもそも違う。
まさに罪を憎んで人を憎まず。仮にその生徒にかつて誤りがあったとしても(仮にそう信じていたとしても)、その生徒の努力や誠意を認めなければならない。

っていうか、刑罰だってその後に更生が認められれば、二度と過去を持ち出してはならない。
なぜ、こんなにも基本的素養が欠落しているのか、唖然とするしかない。

    このように,中学校は
    教育のなんたるかを知らず、
    罪を憎んで人を憎まずの精神すら知らず、
    おまけに、刑罰の限界や取扱の仕方も不勉強で知らず、
    ただ学校の面子や都合だけで頑張り屋の生徒を死なせてしまった。
    自分たちは日教組に守られ愚にも付かない権利主張ばかりするくせに。
    その責任は重大だ。

    教育者失格。



思うに、マスコミは小保方さんを集団リンチにするくらいなら、
この中学校や担任を袋だたきにしないと。

カテゴリー:真の教育公務員国家賠償

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