789 参議院改革もやっぱり憲法改正から。米国ですら上院は一票の格差議論は存在しない。

GHQは,明治憲法下の貴族院を廃止しました。
華族や日本の伝統的な有力者の参加を許さないことにしました。

実は,韓国みたく,一院制にしたかったようです。
つまり衆議院のみの一院制に。

しかしこれはだめです。
世論の誘導で国のあり方が一気に動いてしまいます。
日本を間接統治しやすくする試みでしかありません。

GHQは,二院制を本当は認めたくなかったから,結局
衆院のカーボンコピーのような参院しか許さなかった。

    ここでもしGHQの押し付け憲法が,
    多くの憲法学者がいうように,実は米国の善意そのものであったなら,
    米国と同じように,なぜ上院を作らなかったかを問えば,
    善意でなかったことが直ちに知れると思う。

    米国が人権や民主主義の聖地であるというのであれば,
    しかもこれらの実験地でもあったというのであれば,
    何よりも憲法が日本人のためだというのであれば,
    米国で行われていた上院をそのまま持ってくれば良かった。



日本は,戦後どんどん一極集中が進んだ,過剰なほどに。
今は防災の観点からも大問題になりつつある。
人工地震なんぞ仕掛けられたら首都圏の数千万人が危機に。。
それでなくとも一極集中の反面,地方が疲弊した。


実は,年中行事のように起こされている一票の格差の憲法裁判は,
元々は米国判例の直輸入されたものだ。
日本の憲法の大家東大芦部教授が輸入した,ってか翻訳した。
それを佐藤幸治京大教授(後に最高裁判事)が真似して,大いに拡散した。
Twitterじゃないんだから(失礼!)。

    なるほど,確かに,選挙権は民主主義の根幹であり,
    個人が自由を獲得するための基盤となる権利,
    いわば基本権を守るための大基本権と説明されている。

    だから,一票の格差はおかしいという議論が最高裁判決でも出てくるわけ。
    それ自体はもっともなところはもちろんある。

ただ,一票の格差や選挙権の重要性を訴えたり,
最高裁で判断を仰ぐのが大事だとしても,
しかしそれは,本家本元の米国では下院だけの話だ。
上院はそんな議論は起きない。
そもそも各州から2名ずつなんだから。

日本の参院について言えば,
衆院のカーボンコピーであるため,
下院や衆院で出てくる一票の格差の論争を原則としてそのまま参院にも適用しなければならくなった。

米国でもしていないことを,日本では拡大して適用しなければならくなった。

それは米国が衆院のカーボンコピーの参院しか認めなかったからだ。
むしろ本音は一院制しか認めたくなかったからだ。

    私は参院についての最高裁の判断が間違っていると言っているのではない。

    そもそも現在の憲法の規定に抗うことは最高裁はできないということだ。


9条だけでなく,参院も憲法改正した方がよい。
参院に米国の上院のような機能を持たせることも重要だと思う。
衆院のカーボンコピーではなくて,である。

地方の活性化や一極集中の災害での脆さを変えていくには,それもありだと思う。


憲法は,占領軍の押し付けなのだから,
9条だけではなく,様々なところにほころびは実際にあるんです。
(これからも書いていきます。)

日本が,米国最高裁判例の議論を直輸入すること自体はよしとしても
何故,米国では問題外の上院,
日本で言う参院でも衆院と同じ議論をしなければならないのか。
何故範囲を拡張して,大まじめに議論しなければならないのか。

    そろそろそのあほらしさに日本人,特に弁護士は気づくべきだ。
    元々いったい誰が,日本にかの憲法を押し付けたのか!

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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