720 「ISD条項は大丈夫だ」は全然大丈夫じゃない!?

アメリカが自国に利益にならないことをしないはずがない。
というのは,常識以前。

    しかもこんなビデオもあります。

だから,ISD条項は,不安で仕方がない。

(日本の良心的な)法律家の発想として,
共存共栄を図る間柄の契約書等の作成において過度な制裁条項を入れないのは常識。

なぜなら,そこまで信頼が置けないのであれば,合意を結ばない方がよいから。
共存共栄の話に,相手方をぼろぼろにしかねない条項は入れない。(注)


もともと,TPPの論点/立場は以下の2つに別れるでしょう。
①TPPがそもそも悪そのものかどうか。
②TPPそのものは一応是としても,ISD条項が正しいのかどうか

これからは,少なくとも②の点,
ISD条項の是非に特化して国民的議論を重ねる必要がある。



日本政府や声の大きいマスコミは,
やたらと,①TPPは正しいことばかり,積極面ばかり強調し
②ISD条項については,なんとかなるさ路線。

何故②について,そんな楽観的なのか,根拠を調べてみた。
引用は2ソースからですが,合計3つの理由があるようだ。

今更聞けないTPP ー なぜアメリカはISD条項で負けないのか
A)必要な規制には留保を主張して,それが参加国から認められれば留保表に記載して,規制を維持することができる。この留保には将来的にも規制を新しくかけることを放棄しない,将来留保も含まれる。
しかも実際日本はすでにかなりの部分を開いてしまっているので,現状ある規制は必要な規制としてほぼ問題なく守られる。

B)日本の規制にはほとんど内外格差がないこと。
ISD条項は投資家が外国人であるという理由で不当な扱いを受けるのを防ぐというのが本来の目的ですから,内外格差のない規制は訴訟の対象になりません。
政府は日本の規制は人ではなく,行為に対してかけるものだから,どの国の人や企業であろうとも必要な規制はかけていくことができるという自信を持って交渉に当たっている。
(批判)内外格差がないものは,ISD条項で訴えられないからAの留保表も必要ないではないか。

「NAFTAのISD条項による訴訟で米国は全勝だ」について

C)外務省と経産省が出した,米国のISD条項による訴訟の勝訴率は僅か3割だ。


だが,この3つの理由程度で楽観的になるのはアマイと誰もが思うのでは?

特にCの点について,これまでのISD条項は米国にとって,2国間の条約ばかりでした。
(なお,日本がISD条項を入れた非米の国との条約もあったとはいえ,これによる制裁をしてきたのではないと思います。)

でも今度は,多国間協定です。
つまり,日本vs.その余の加盟国(米国を含む)という図式を意図的に作れることになります。

かつてのISD条項は訴訟勝率や失敗の例を踏まえたものと見た方が良い気がします。

日本の市場をこじ開けるために,米国が日本のある国内法を参入障壁としたいとき,
必ず別の加盟国で似たような不利益事例,最も問題なのは半分以上虚偽を交えたまがい物を用いてくることです。
そして,極めつけがマスコミ利用です。

    湾岸戦争のオイルまみれの鳥,
    イラク戦争での可憐なイスラム少女の涙ながらの仕込みスピーチ,
    そして最近では難民の子どもが波打ち際で死んでいたとするやらせ

    こんなのを,加盟国のメディアに大宣伝されたら,
    例によって日本の全マスコミが一斉に同じ事を報じたら,
    訴訟に勝てる自信があっても,日本は即座に法改正に応じるでしょう。

    世間様を大事にして,自分の身を正す国民性で,これに堪えうるとは思えません。

あるいは,米国が,他国を尖兵として利用するべく,先に攻撃させ,後からこれに乗っかることも可能になります。

更に言うと,他国から同時にそれぞれ砲撃された時も,防戦は大変です。
一度に複数の問題提起は,かなり辛いです。対応する側のエネルギーが分散されます。


【果たして「逆もまた真なり」であるか?】
しかし日本が逆に,米国等の1加盟国に対してもできることではないか?
と言われるかもしれません。

でも,日本はそんなことはしないし,できないと思います。

    格闘技を習ったことのない人,喧嘩をしたこともない人は,
    それをいつもやっている人との間で,
    「問題があったらいくらでも殴って良いよ」
    という規定を設けるのはおよしになった方がよいと思います。

    どうせ一方的に殴られるだけです。
    しかも殴れる機会が訪れてもこちらはよう殴れませんから。



私は,今回のTPP-ISD条項戦略は,米国による,
難攻不落の内閣法制局崩しではないかと思います。



注)ちなみに,ある人の指摘・御説によれば,
米国人は,プロテスタントにフロンティア精神が組み合わさっており,
例の勘違いも甚だしい「マニフェストディスティニー(明白な運命)」がスローガンでもって,
米国大陸における西へ西への開拓(=侵略)が正当化しました。
善と悪を区別しすぎる,しかも悪とされたものを徹底的に叩くようです。
(戦前の米国がソ連共産党と結びついたのも,徹底・極端さ等においてある種の親和性があったからだとの説もあるそうです。)
悪名高い東京裁判(プロの裁判官が1人しかいない,事後法裁判と捏造事実によるもので裁判の体をなしていない)がその一例かもしれませんね。

カテゴリー:国際問題弁護士

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