698 最高裁長官「私は関ヶ原を越えたことがない」

今では昔のことになってしまいましたが,
私が,かつて裁判所に入社?した時も,最初に最高裁判所で任命式がありました。
毎年のことだと思います。

裁判所を辞めてからも,1年に2,3回は思い出します。


私の入社時は,泣く子も黙る○○長官ではなく,
その側近中の側近であられた?長官でした。

任命式は,まるで中学校の卒業式に校長先生から卒業証書を貰うような仕方で,
任官者は順々に,壇上の最高裁長官から任命書を直に手渡しでいただくのです。

    まだ取ってあるとはおもうのですが,
    転勤・引っ越しが多かったので,どこに仕舞ったか
    分からなくなってしまいました。

    引っ越しが重なると,段ポールを開けないままで,
    次やその次の転勤先に移動させて押入れに仕舞ったままのものあります。
    また実家の倉庫に入れてそのまま,もありますので。



授与式の時,長官は新任官者一人ひとりに
「おめでとう」と言って下さいました。

ところが,私は,その時ひどく緊張していたのと,
その長官が私の生理的には少し合わないタイプだった?からなのか
その親切のお言葉にもかかわらず,逆に固まってしまいました。
(申し訳ありません)


任命書授与の後,長官の講話がありましたが
その時は任官者が多かったことを皮肉って,
「裁判官は数じゃないんだ」と言われました。

    前記のとおり,せっかくの親切のお声掛けにもかかわらず,
    特に私を筆頭とする行儀が悪い新任者に腹を立てられたのかもしれません。
    (申し訳ありません。)



なお,ヒラの裁判官は,最初の最初,つまり
任命式の日だけは,その夜に最高裁判事15人との晩餐会があるのです。

    普通のヒラの裁判官が最高裁判事と飲むのは,
    そう多くはいないと思います。

    私に,否,正確には私にも懇意にしてくれた大先輩裁判官が後に,
    最高裁判事になられたという例はありますが,
    最高裁判事になられた後は,気易くお話しはなかなかできません。



任命式の夜の飲み会でご一緒させていただいて思ったのは,
最高裁判事にまで上り詰めた方は,
さすがに視野が広いだけでなく,余裕があられ,実に自然体なんだなぁと。
関心致しました。
そうした特徴は,全員が全員,同様に持っておられました。


ただ,長官は少し違いました。少なくともその日だけは。。。

長官は,ちょうど陛下が,出席者全員に順々に挨拶に回られるように,
私のところにもやってきて下さいました。

目が合い,こちらが会釈するや否や,開口一番,
「私は,これまでの裁判官の人生で,関ヶ原を越えたことがないんだ」
と。

私はもう酒が回っていたこともあって
「越すに越されぬ関ヶ原(大井川の言い換え)ですか」と冗談のつもりで言ったら。
「ばか,私は西日本の出身だ」
と言われてしまいました。

通訳すると,
「私は転勤があっても東京中心を回るエリートだから,
大阪よりも西日本の出身なのに,
大阪よりも手前の関ヶ原すら越える転勤をしたことがないんだ」
という意味です。



おそらく,午前中の任命式の時,
せっかくかけて下さったお祝いの言葉を,
固い態度で受け止めてしまったので,生意気なヤツと思われたのかもしれません。
それで、そのような突然「関ヶ原・・・・」と言われたのだと思います。

あとで,聞いた話ですが,その長官は,
例の泣く子も黙る○○長官と,比べられることも多かったようです。
また長官という重責もあり,日ごろのストレスもあられたのかもしれません。
(総理大臣とも肩を並べる三権の長の一人ですので)


今思い出すと,朝夕と重ねて,失礼な態度をしてしまったのかなと思います。
申し訳ありませんでした。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

カテゴリー:都市伝説/司法雑談

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