679 子の面会交流の間接強制をやる夫は精神的に変わっている?モラハラ防止

子の面会交流の裁判が下りた後に,別れた親に子どもを会わせないと
裁判内容にもよりますが,間接強制の申立てが認められることがあります。

間接強制とは,例えば,子どもを監護している親(ex.母親)が,
面会交流の審判等にもかかわらず,別れた親(ex.父親)に会わせなかったとき,
その母親に対し,ペナルティ(罰金)を科すものです。

そうやって,母親?に対して心理的な強制を加えて,もって,子どもを父親に会わせるように促すのです。

果たしてそれで,うまく無事会えるようになるでしょうか?


日本でこの申立てがなされ、認められたのは,最初は平成15年くらいだと思います。
昔から当然のように申立てがされていたことではありません。

昔はされてなかったというのは,画期的という意味ではありません。
むしろ問題も多いと思って下さい。
新薬は副作用が強いのに対し,ジェネリックは安心だ,に近いです。

    もし,間接強制が画期的で有効そのものだというのであれば,
    調査官による履行勧告という制度は,全く無意味無駄ということにもなります。
    廃止した方がよいかもしれません。

    なお,父親に課される婚姻費用の支払は強制執行可能だから,
    ならば,面会交流だって同じはずだと考えるのは余りにも浅はかです。
    面会交流がなくても子どもは直ちに困るわけではないのに対し,婚姻費用は子どもの日々の生活に直結する問題だからです。



間接強制は,実際には問題が多いです。

母子家庭は生活に困窮しています。
ほとんどの場合子ども達の生活に直接響くのです。

子ども達が困窮することを分かってやるのは,父親の発想としてそもそも真に変です。
果たして,そんな父親は,婚姻費用の支払をしているのでしょうか。
間接強制を仕掛ける父親は,むしろ婚姻費用を支払わないのではないでしょうか?
その方が,父親の態度として一貫しているかにもみえるからです。
間違っている一貫性ですが。

    ここで例えば,仮に別居後既に何年間も有り余る婚姻費用の支払を続けてきた,裁判所の基準を上回る支払を続けてきた,そんな地道な実績にもかかわらず,母親は頑なに子どもを会わせようとしないという事例なら,理解はできます。
    先立つ面会交流の審判薯で父親のかつての子どもへの有り余る愛情や日々の努力の実績が積極的に認定されている場合は,それでもまあよいかもしれません。

    しかし,思いますのに,より根本的に言って,
    そんな間接強制をする父親は,果たして子どもから慕われている親でしょうか。
    また,どうして別居になったのでしょうか。

    また仮にどんなに母親が父親と会いなさいと促しても,子どもが信頼しない親は子どもが拒否しますが,間接強制をする際にその点は理解しているのでしょうか。
    子どもだからといって,父親が会いたいと言えば会えるほど,事は簡単でしょうか?
    端的に言って,「あなたは,かつての人間関係って,そんなに簡単でしたか?」
    ・・・・いわば,右向けと言えば必ず右を向いてくれるような。。。



間接強制の申立ては,子どもを預かる家庭には強烈過ぎます。

私は,父親側の相談も受けますが,
実は良識のある方,かつて離婚等でも誠実に対応してきた人ほど,
「間接強制は最後の最後の手段だよ,子どもに心底会いたいならね」
と言いますとすぐさま理解を示します。

ところがそのことが理解できない人というのは,
子どもを預かる家庭が嫌がることが平気で?できるわけです。
もっと言えば,会いたい子ども自身がまさに嫌がることをわざわざ仕掛けるのです。
やはり変わっているのかなと思われなくもないわけです。

間接強制の裁判が通って罰金を科すことができても
当の子どもが会いたくないと明確な意思表示をしたら,どのみち無理な話でしょう。

どうやって泣き叫んで拒否する子どもと面会できるというのでしょうか。



ジョングレイという夫婦関係調整セラピストの大ベストセラー:
『ベストパートナーになるために』
『ベストフレンド・ベストカップル』
等の名著があります。

ベストセラーですが,男性には少し不人気かもしれません。
一見男性側に譲歩を求めるかに見えるからです。

ただ,ジョングレイ曰く
「男性は,誰かに,愛する人に役立ちたいと思う生き物である。貢献があってこそである。そろばん勘定による損得勘定だけでは,決して男性は精神的に幸せを得ることはできないのだ。」と。

    これは実はかなり正鵠を得た指摘ではないか。

    例えば,好きな女性にプレゼントした時に最もショックなのは,
    受け取らないとして突き返されることだ。
    受け取って貰ったうえで,知らないところで廃棄されたり,
    質屋で換金されたりするより遙かに辛い。

たとい損得勘定には合うかのものでも,結局,
会いたい子どもをいじめるかの対応をして男性が精神的幸せを得ることはないわけです。
いわば「ちっちゃい自分」を自身で受け止めなければならないからです。

間接強制は法的に認められた制度だ。したけりゃすればいい。
しかしきちんとした使い方をせず,これをむしろ悪用するなら,
子どもの方から早晩,面会拒絶を言い渡してくるだろう。

それが分からない精神構造が,私には理解できない。
実に不思議で不可解な精神構造である。

本当は,子どもに会いたい人ではないのではないかとすら勘ぐってしまう。

    えっ?例えば,小さい頃好きな女の子をいじめたくなるようなもの?

    大の大人になってもなお,未だに成長出来ていないの?
    大事なことは,それで上手く行ったかどうか,ということだ。



追記:
例えば,DV男性に聴くと,妻を殴ったのは妻が口答えするからだと
理由にならない理由をのたまうことが余りにも多い。それでいいと思っているようだ。
ストーカー犯罪も男性が多い。
リベンジポルノ法の制定も,振られた腹いせに元恋人の個人情報をネットでばらまくという,常軌を逸したことをする男性が増えたことが理由だ。

間接強制をする男性は,これと似た,変わった精神構造を持っていないでしょうか。


【モラル・ハラスメントの観点を持って注視する】
むしろ,面会交流の強制執行をする男性は,むしろモラル・ハラスメントの疑いがあると思います。
妻との夫婦関係から何とか離脱したいので,有責配偶者の夫がこれを仕掛けてくるという手口である可能性が高いとみるべきです。

だって,おかしいでしょう。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

1件の返信 »

  1. はじめまして。
    今まさにこの面会交流のことで苦しめられている者です。
    会わせなければいけない法の理想はわかります。
    しかし嫌がり泣く子を無理やり会わせて、それでも強制してくるのはもはや父親ではないと思います。
    モラハラ夫はどう対処すればいいのでしょうかね。

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