592 マスコミの言論は,所詮商業的言論にすぎない!?(資金提供者の意のまま)

マスコミ勉強会をした編協会自民党若手議員や百田氏のマスコミ批判に,
マスコミが集中砲火を浴びせています。
ほんとうに容赦ないです。

でも,日本のマスコミの言論の質や価値を見ると,
所詮スポンサーの顔色を窺う商業的言論ではないでしょうか。


実は,憲法学レベルでも,その点はかなり前からちゃんと議論されています。
商業的言論の自由の価値は,一般の表現の自由の価値と果たして同じか
という論争点があるのです。

    最も端的な例が,商売広告の看板やビラてす。
    それらに本来の表現の自由の価値がフルセットで備わっているかというと,
    そうではないのではないかという問題意識です。

    あるいは,部数を売るために,男性の性的欲望を満たすだけの雑誌等もその類です

広告や所謂エロ雑誌にも,原則表現の自由(憲法21条)はもちろん保障されます。
他者に害を与えなければ,です。

しかし,それが民主主義や国家国民のために価値のある言論かというと
必ずしもそうではないことが多いでしょう。


表現の自由は,民主主度の活性化,国政の議論を巻き起こし,
ひいては国や国民の利益に貢献できる最も有力なツールであるから価値がある,
最重要の権利だと言われるのです。

国民の他の全ての権利を守るための基本権という言い方すらあります。

このように,国民全体の権利利益や,国政等に重大な影響を及ぼすような言論を述べてもらうのが民主国家であり,そうした意味で表現の自由が大事なわけです。


表現の自由は,各種のものがあり,どんな表現でも,最優先で保護される程甘いものではないということです。

要は,マスコミの言論だから保護されるのでもないです。
テレビでも,要するに視聴率稼ぎのエロを流しているだけの番組もあります。
これが民主政治や国家国民にとって特に価値があるかとはいえば,ないでしょう。

マスコミが本来果たすべき,国政の争点提起機能,
国民への知る権利に奉仕して,
日本の国家や国民をより良くしていくための言論だからこそ重要視されるのです。


そうだとすれば,一見政治的言論の様相を呈していても,
民主主義に貢献せず,むしろ国民に正しい情報を伝えない,
場合によっては,「消極的表現の自由」の権利を行使して
分かっているのに,国民にわざと伝えない,
議論をできるだけさせないように隠す,なんてことがあると,
そのようなマスコミは有害無益の言論機関であるということにもなります。
少なくとも,憲法が理想・予定する表現の自由の真骨頂を具現する組織ではないことになる。

そして,このように,
憲法の趣旨目的に照らし,正しい言論機関になりきれないメディアがあるとしたら
それは何処に原因があるのかということになってくる。

    そして,それを端的に述べたのが,
    自民党若手議員のスポンサーに意のままになる言論をしてないか,
    資金提供者の方ばかりを向いた言論をしていないか,
    という疑いの目が向けられたというわけ。

    例えば,ある国にとって都合の悪い歴史的事実(隣国等への侵略など)は一切隠し通し,
    かつ日本の歴史問題ばかりを,しかもその他国が主張することを鵜呑みにする言論ばかりする,
    日本政府の言い分すら国民に伝えないとしたら,
    やはりそのメディアのスポンサーはその他国ではないか
    ということになる。



今回のマスコミが一斉に,
自民党若手議員はもちろん,私人の百田さんまで集中砲火を浴びせているのは,
それだけ本質を突いているからです。

(次回に続く)

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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