574 「平和を愛する」クラスメート「の公正と信義に信頼して」いじめられた子ども達

日本国憲法前文:
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」とあります。

ただ,平和を愛する級友の公正と信義に信頼して,いじめられた子どもを知っています。

それは,裁判所時代の上司の部長裁判官の息子:
(転勤族の)上司は,日本の中でも平和でのどかな宮崎に転勤した際,
息子に対し「暴力は絶対にいけない。喧嘩もいけない」
と。

しかし転校生をクラスメートがいじめるのはよくある話。
その息子さんが,何も抵抗しないで黙っているのを良いことに
毎朝クラスメート全員が順番にその息子さんの顔を1発ずつどつく(殴る等)のだそうです。

ついに泣きながら父親(私の上司)に訴えると
「相手の不当な暴力に黙っていることはない」
と教え直したそうです。


少年事件をやったりしていると,如実に分かるのは,
やはりいじめられた経験者が多いこと。
そうした少年達の常識は
「空手やボクシングを習うようにしたら,いじめはなくなった」
です。
しかも習うだけでよく,必ずしも喧嘩して勝つことは必要ないようです。

    思えば,我々法律家になるような人間は,多くの場合
    親にも恵まれていただけでなく,
    とりわけ優秀な人はいないでしょうが(それなら官僚になるでしょう)
    そこそこは勉強も出来,たまにはクラスで一番になったりとかもあったかも。
    すると,先生も味方応援?してくれるので,クラスメートにはナメられない。
    (この場合についていえば,実は私は先生の力が大きいと思います。)

    あるいはとびっきり運動神経のよく,運動会で活躍できる人も
    クラスの強い信頼感が生まれるのでナメられない。



頻繁におこるいじめによる自殺事件
そうした子ども達は,まさしく
「平和を愛するクラスメートの公正と信義に信頼し」て力尽きたのです。

憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」は,以上の少年達の苦悩,そして常識からしても,無効なのでは?

    チベット,ウィグルは,現在どうなっているか。
    戦前西欧により植民地化され搾取されたアジアアフリカ諸国はどうだったか
    を見れば,誰でも分かることです。

    ところで,日教組が中国朝鮮を大絶賛して,その問題点を直視しないのと,
    学校内のいじめ問題の存在を否定して,これを直視しないのは,
    もしかしたら,同じ事の裏表かもしれない。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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