558 学者が集団的自衛権は違憲だと言っても。最高裁の有権的解釈権とは

先日,自民党・公明党・次世代の党が推薦した早稲田大学長谷川教授曰く,
「集団的自衛権の行使・・・・(は)、私は憲法違反・・・・と・・・・考えています。従来の政府見解の基本的枠組みでは説明がつきませんし、法的安定性を大きく揺るがすもので・・・・す。」,「外国の軍隊の武力行使との一体化に自衛隊の活動がなる(との)おそれが極めて強いと・・・・考えております。」と。


ただ,以前
501号で要約・引用したした,最高裁判所大法廷判決昭和34年12月16日刑集13巻13号3225頁(砂川判決)によれば
(とりわけ後記キ以降),

ア 9条は,「戦争」を放棄し,「戦力」の保持を禁止するが,しかしもちろんわが国の主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されない。
イ 憲法の平和主義は決して無防備,無抵抗を定めたものではない
ウ 憲法前文のとおり,日本国民は,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去せんとする国際社会で名誉ある地位を占めることを願い,全世界の国民と共にひとしく恐怖と欠乏から免かれ.るとの平和的生存権を有する。
従って,日本が自国の平和安全・存立のため必要な自衛措置をとることは,国家固有の権能
エ 日本は,憲法9条2項により「戦力」は保持しないが,これにより生ずる防衛力不足は,前文の平和を愛する諸国民の公正と信義に依拠して補ない,平和的生存を保持せんとした。
オ その防衛力の充実方法は,国連の安保理等の決議等に何ら限定されない。
カ わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば,その目的を達するに方式や手段を,国際情勢の実情に即して選べるのは当然,

    注)最高裁は国連の安保理決議に任せよとも言っていない。

キ 憲法9条は,わが国がその平和的生存や存立を維持するために他国に安全保障を求めることを,何ら禁じていない。
ク 安全保障条約は,憲法前文のとおり,周辺国の無責任な軍国主義の危険に対処の必要上,サンフランシスコ平和条約を踏まえ,主権国としての日本が集団的安全保障取極めの締結をすることを目指した。
ケ また国連憲章はすべての国が個別的集団的自衛の固有の権利を認めている。
コ 従って,安保条約は,日本の防衛として,他国の武力攻撃を阻止するため,米国が日本国内や附近(=沖縄のこと)に軍隊を配備すること等,日本の安全と防衛確保に必要な事項を定める目的がある。
サ 結局,安保条約は,日本の平和的生存や存立につき,基本的に極めて重大な関係がある。

としています。

最高裁は,有権的解釈権者と言われています。
有権的解釈権者とは何か。
これは,ざっくばらんに言うと,最終判断権(最終決定権)を持つ者という意味で,
この最終判断権者による判断は,日本国憲法の公式解釈になるということ。

長谷川教授が「従来の政府見解ガー」と言っても,実は関係ないことになるかも。

    例えば,生活保護は外国人には認めないというのは,最高裁がそう決めています。
    ただ行政は,伝統的に在日韓国朝鮮人等に対し,事実上の恩恵を認めてきましたが。
    そういったことは,政治行政の世界,特に日本ではないではないと思います。



「最高裁が解釈判断した内容(判決)が,公式見解としてまかり通るんだ」
と言いますと,誰しもそうかと思いますが,
「じゃあ,他の誰も意見は言えないのか!」とか,
「民主主義や表現の自由はどうなっているのだ!」と言いたくなるでしょうか。
場合によっては,「最高裁がなんぼのもんじゃい!」と。

しかしながら,ここでは,
自分の意見を言ってはいけないとかではありません。
まして,日本社会の最大の悪弊である,言葉狩り・言論自粛ムードを社会全体にまん延させる企てではないのです。
むしろ大いに議論・意見を述べたらよいわけ。
日本は,法の支配と人権を重視する国です。
徹底した言論弾圧の中国や北朝鮮,そして新聞記者逮捕勾留の韓国とは違うのです。

ただ,皆が思い思いに意見を言うだけでは,いつまで経っても果てがないので,
最終決着を誰かがすることにしなければならない。
そしてこの問題の場合は,最高裁が決めるということ。
しかも現に決めてしまっているということ。

    もとより砂川事件は昭和34年の最判であり,56年も経つので
    その間の時代の変化により,最高裁が意見を変えることもあり得ます。
    ですから,その解釈変更を促すために,国民が新たに訴訟提起して意見を述べることは
    むしろ正しい態度かもしれません。
    これこそが表現の自由であり,民主国家の姿です。

    しかし,当時の状況以上に,世界や近隣諸国との関係が緊迫している中で,憲法解釈を最高裁が変えることはまずないといってよいでしょう。
    当時よりもより多くの国が核開発を行い,核を保有するに至っています。
    当時考えられなかったサイバー攻撃の恐怖や実例すら多数報告されています。

ですから,ここからは妙な話になりますが,
もし最高裁のこの解釈の変更を目指して,訴訟の提起を依頼されたら,
弁護士としては,
「こういう判例が有るのだから,敗訴の確率は極めて高い。
それでも裁判を起こしたいというのであれば,費用もしっかりといただいて引き受けることになりますがよろしいですか?
沢山お金を戴いても敗訴の確率は高いですよ。」と
はっきり言うし,実際そう言わないと弁護士倫理にも反しかねないことになります。

解釈変更の期待が著しく低いのに,さもそれが可能であるかのように依頼者に告げたら,
「こんなはずじゃなかった」「こんなにお金を弁護士さんに払ったのに」と,
依頼者とのトラブルの元になるからです。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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