500 偏向教育の日教組における中興の祖とは

 →「教職員の政治活動、取り締まり甘すぎる」自民、日教組監視を強化へ

この記事にもあるように日教組は,本当に嫌な組織になりましたね。
大手メディアには殆ど出てこないですが,本当に酷い。

    なお,上の記事では,日教組の加入率は24%くらいと言いますが
    そんなことでは,全く安心材料にはなりません。
    他の非組合員の先生は,その強い少数者の意見に同調するのが日本の組合のあり方です。
    所謂同調圧力が働くといってもよいのかもしれない。



ところで,いつから,日教組は,こんな変んちくりんな組織になったのでしょうか。

例えば,日の丸です。
私の小さい頃は,祝日には,それこそ至るところで日の丸が掲げられていました。

今の日教組のような,野暮ったいことは聞いたことが有りませんでした。

    もちろん,地域性もあるのかもしれませんが,
    愛知県は,日教組は元々強いはずです。

それが何故か,日の丸を掲げる方がおかしいとか,
前記幼少体験のある私でさえ,いつの間にか
日の丸というと,つい右翼の街宣車を思い浮かべることすらあります。


あと,私が小学校に上がった頃,つまり小1の時,
今の日教組教育では,絶対あり得ないことがありました。

それは,朝の始業時間前に,ドミニクの歌が毎日全校に流されていたのです。

私は,小さいながら,このメロディーと歌詞が好きでした。
今でいうと,アンパンマンの歌みたいな歌詞です。

毎日この曲が流れると,友達から少し離れて,一人でじっと聞きました。
高校生になったころ,この歌が1960年代に,世界中でヒットしたと聞きました。

今聞き直しても,良い歌だと思います。

    日本でもヒットしたということは,信仰や宗派を超えている歌だということですし,
    私の母は仏教徒で,仏教話をする方だったので,
    私も小さい頃から仏教徒並の知識はありましたが,別に違和感を感じなかったです

程なくドミニクもなくなり,しかもその余の気の利いた歌も流されることがなくなった。
日の丸もいつの間にか町から消え,逆に嫌悪感の対象にまでされてしまった。


ところで,何時までは,日の丸等についてよき時代だったか?
私の記憶を一生懸命に辿ってみると,1970年代前半までかな,という気がします。

逆に日の丸がダメ出しされる最初のころが1970年代後半くらい。
あと,君が代もそうです。
それ以前は,先生はちゃんと正しい意味を教えてくれました。


誰かが言っていました。
日本が中国と付き合う時は,ろくなことが起きないと。
1972年,日中国交正常化から日本がおかしくなったと。

私は,酷く納得してしまいました。
以前も触れましたが
他国をただ分解破壊,自滅に追い込む戦略が中国の六韜三略や孫子の兵法

日教組も,中国との国交正常化の後辺りから急速におかしくなったのかもしれません。

だって,その前は,日の丸も君が代も,
はたまた共産主義が嫌う宗教の臭いのする(?)ドミニクまでも許されていたんだから。


あと,思い出しましたが,
私の故郷の市は,伝統的には保守の政治家が市長を務めましたが,
後には,革新系も当選するようになっています。
そして最近は元教師もなっているそうです。ならばその支持母体は?

こう言った現象は,日本各地であるのではないか
(特に各地田舎)

こうした時代の変化を見ると,
日教組は,なるほどGHQが開祖だとしても,
後に,偉大なる中興の祖?が出ているのではないかと思う。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

カテゴリー:真の教育思想教育行政

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