493 そうだったのか,マッカーサーの考えた国際法違反の戦争放棄の憲法9条2項

NHK経営委員長谷川三千子名誉教授によるご高説です。

なんと,マッカーサーが,憲法9条2項の戦争放棄条項を発案したのは,
国際法上はあり得ないことで理解できないが,
当時の世界軍事情勢からすると,何とかその考え方は理解できるという。


敗戦当時,米国は,既にソ連と対峙するに至っていたが,
①当時は米国は沖縄を直接統治しており(返還は1972年)
かつ原爆をそこに配備していたから(米国の持ち駒は全部で50発)
マッカーサーとしては,対ソ連でも絶対の自信を持っていたという。

そうした中,
②占領政策として,日本が米国に刃向かうことがないようにすることを考えたので,9条2項という,国際法上あり得ない条文が生まれたという。

つまり①と②が関連し合って,セットになって,戦争放棄条項が生まれたと。

    ところが,その後まもなく,
    原爆50発程度では,ソ連対抗策としては不十分であるとの試算結果が出た。
    実際は150発くらい配備する必要があった。

    案の定,間もなく朝鮮戦争も起こり,米国の方から日本へ再軍備の要請が出てきた。



なるほど,実に分かりやすい,9条2項ができた経緯の説明です。

いずれにせよ,大事なことは,
占領中に他国の憲法をいじったり,しかも自衛の戦争を否定したり
(これは,さすがにGHQのケージスがやめさせたそうですが),
交戦権を否定することは,国際法上あってはならない,ということです。
それが肝になると思います。


なお,長谷川三千子先生は,今更には触れられませんでしたが
(前回のブイでは,中山恭子議員が少し触れようとはしていますが),
9条2項は,実は,日本の優れた官僚達が最後の抵抗をして,
「前項の目的を達するため,」の挿入を認めさせました。
(これは,憲法の教科書にも載っています。)

こうした苦肉の策・抵抗により,
なんとかギリギリ最低の最低限度,1項と2項の整合性がとれるようになったのです。

つまり,長谷川先生も言われるところの,
「1項という国際法上に即した規定と2項という国際法を全く無視した規定の矛盾乖離」
の状態に対し,『前項の目的を達するため,』をねじ込むことにより,
かろうじて両者の橋渡しをして協調・連関性を保たせた
のです。

    長谷川先生は,前記米国の沖縄直接占領と核配備がなかったら,
    「日本はソ連等の諸外国による草刈り場になっていた」
    と言われました。

    しかし,実際は,米国の傘でも実は足りなかったわけです。

    ですからもし,日本の優秀な官僚によるかの挿入句がなかったら,
    それこそ,日本のソ連等の草刈り場になっていたかもしれませんね。

参考:真岡電話局事件
・・・・映画『氷雪の門』は,終戦後のソ連による日本侵攻の悲劇が描かれていますよね。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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