457 法律家が過ちを犯しやすい時(裁判編)

私が,刑事裁判官の大先輩から教わった話です。
私が生まれた年に司法試験を合格された方ですから,
法律家として単純に26年先輩になります。

曰く,刑事裁判官として,怖い思いをするのはどんなときか?
「それは,被告人に同情して,何とか救ってやりたいと,
いわゆる仏心を出した時だ(=情にほだされたとき)」

先輩は分かりやすくするために,まず反対のことを言って下さった。

    「この被告人は,厳しく罰しねばならないと思ったときは間違いはまずおきない。」
    「というのは,厳しく罰してやろうと言うときは,かなり身構えてとりかかる。
    徹底的に考え抜いて判決をするし,理論的に寸分の隙も作らせない」
    「被告人にも控訴審の裁判官にも付け入る隙は絶対に与えないように,自然と理論武装するんだ。」

    「これに対し,被告人に対し,情にほだされて,何とか救ってやろうとすると,
    『自分は尊い価値のある,良いことをするのだから』と,つい気持ちがおおらかになってしまう。」と。

    「すると,例えば,未決勾留日数につき,算入数オーバーをやってしまったり,
    執行猶予付けられないのに付けてしまったりする。」と。



私は,その先輩が真面目を絵に描いたような人で,慎重すぎるくらい慎重だったので,むしろその発言には意外でした。

私が想像するに,先輩は過ちを犯しそうになって寸前で気づいた体験があったのかなと思います。


私も,その後実務経験を積むとその言葉の意味が分かりました。

確かに気持ちがおおらかになってしまう。
やはりはっとすることも起こる。
(未決勾留日数の全部を入れてしまってひやっとした経験もあります。
あと1日追加でアウトでした。)


弁護士になってからでもそうです。

依頼してくる人が可哀想だと思って,
お金を取ることに気を掛けずに仕事をはじめた時ほど良くないことが起こる。
関係がおかしくなりやすい。
しかも後になったらもうお金は取ることはできない。

要するに,そういう方に限って,こちらの見込み違いの,はた迷惑な方だったりする。

お金がないじゃなく,払いたくない,甘えたいだけの方も実際にはいます。

    元々本当に誠実な人であれば,お金の有無に拘わらず,
    他人に依頼するときは,何としてでもお金は用意するのが普通だ。
    しかもそういう方は長丁場になったりすると,要求してもいないのに中間金を入れてくれたりもする。



元々,可哀想だと思うのは,単に法律家の洞察力のなさによるのかもしれません。

    お金も立場も困窮するまで放っておく方の中には,やはり何処かずれている人もいます。

    毎日誠実に頑張っていれば,人間は誰しも毎年5%程度の生産性の向上があるとされています。

    現にかなり周囲に意地悪されて困って弁護士のところにくる方の中にも,
    例えば子どもにはお金を惜しみなく使っており,
    かつ中卒でしかないのに(それでバカにされている方),
    なけなしのお金だけは何とか取っておく工夫をしていて,
    弁護士にはきっちり払う方はちゃんといるのですから。
    (ここでの中卒の言葉は,むしろ誉めるために使っています。)。

    思えば,お金の使い方の本質は,要するに優先順位の付け方の問題でしかありません。
    誠意の込める順位の付け方の問題と言っても良いかもしれません。

    弁護士よりもただ別の使い途を優先している方の場合も実際あります。



話が逸れたかもしれません。

でも,法律家は,冷静な事実分析と緻密な仕事が命。
情にほだされると,その何処かでほころびが出やすいのかもしれませんね。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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