425 ディベートをわざと広めなかった論点ずらしのマスコミ

最近話題のケント・ギルバートさんのブイです。

ケントさんによれば,
日本人は,心情的にディベートを好まないとの,ブログ書き込みが相次いだという。


しかし,私も,30年もまえのことですが,
大学の英語サークルESSでは,ディベートの試合は,一年間で数試合はしました。
それも,自分の大学だけでなく,首都圏の各大学のESSが集まって大会を開くこともしているのです。

そして,日本でも,裁判というのは,まさにディベートそのものです。

    実は,何よりも,日本人は,裁判では,本当に真実を重んじます。
    だから時間がかかるのです。また相手の嘘等は絶対に許しません。
    米国のように?「判事が白を黒としたらそれで仕方ない」とは思わない生真面目さもあります。
    ですから,1つ1つの論点につき,きっちり議論していくディベートが日本人には絶対に向いていないのかというとそうではないと思います。

      橋下さんが,賛否両論はあるにせよ,あれだけ脚光を浴びているのは,
      ディベート的な議論が大変に上手で,相手にごまかしをさせない切り込み方をするからです。
      それでも抹殺されないのは,日本でもこれが望まれている証左です。

      日本のマンガでも,人気マンガのおいしんぽでは,料理対決と称して,ディベート風の対決場面が頻繁に多用されていますし,他のマンガでも時にみかけます。



より根本的に言って,
日本は戦後アメリカナイズする政策や流行等が好まれ,英語教育は相当重視されてきました。
ディベートだけは日本にあわないからと全面排斥する理由が本当はないのです。

    戦後給食で,パン食や脱脂粉乳を無理矢理子ども達に提供させました。
    やろうと思えばいくらでもできたわけです。

    でも,ディベートについては全くなく,逆に忌み嫌われた。
    それは国民性なのかというと,前記のとおり,そうではない。

    戦後の国民性といえば,なるほどそうかもしれないが。



ケントさんが笑いながら,とある著明な司会者の論点ずらしを非難していた。
実は,私も昔から大嫌いだった。

日本では,真実に近づけないように,マスコミがわざと議論をまぜこぜにする番組を作ってきたのだと思う。
国民の知る権利を無視して。
憲法21条違反ばかりするのが日本のマスコミかもしれない。

それには,中国韓国マネーや団体への配慮もあっただろう。
日教組や戦後サヨクの圧力もあっただろう。

    ところが今や戦後直後に確立された新しい取組みの数々に間違いや嘘があることが知れるようになっているのだ。



以上を要するに,実は不利な事実,真実(戦前等の真実)が別にあった。
だからこそ,これから目をそらさせ正しい議論をさせないため,
ディベートは日本人には向かないという風潮をわざと作ってきたのではないか。

討論番組でも,論点ずらし及び複数の論点を一緒に論じて混乱させる。
そしてある方の論説が核心に及ぶと「はい,コマーシャルです。」でご破算に。

誰に配慮しているのか知れないが,
それだからそうした司会者のやり方がマスコミ業界でもてはやされてきたのだろう。
核心を言わせない話の打ち切り方が,だ。

いずれにせよ,マンガというメディアにできて,マスコミにできない理由はないはずです。


そういう長い間マスゴミ等の手口に毒されているので,
それで,ケントさんのブログへの前記書き込みを真顔でする方も出てくるのではないか。

【参考】
2005年の岡田民主党の政党コマーシャル「日本をあきらめない」

様々な議題や意見をごちゃごちゃ,言うだけで,要するに議論をきちんと行う姿勢のない党。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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