420 少年が家庭内で葛藤を抱えている問題性や意味

やはり凶悪な少年事件が立て続くと,そればかりが少年事件だと誤解されるかもしれない。

大多数の悩み苦しむ少年,特に親や家庭内で深刻な葛藤を抱えている少年のことが理解されなくなってしまうかもしれない。
そこで,前回,前々回に引き続き重ねて,述べたい。


例えば私の実家のことを先に言うと,両親がそれぞれに子どもに対し愛情深い人だった。
両親の夫婦仲は決して良くなかったですが,
しかし父親は口達者な母親にどんなに言い負かされても,決して暴力を振るう人ではなかった。
ただし,大喧嘩した後,父親は腹立ち紛れに,食べ物で美味しくないと感じたパーツを,庭に放り投げたりはしていましたが。

私は,法律家になって,DVの夫が余りに多いことに驚いたくらいです。
私の父は絶対になかったからです。

それに,父親は,私が全国転勤しても,その都度遊びに来てくれました。夜行バスに乗って。

多くの人々は,多かれ少なかれ,私の実家のような愛情等があった家庭に育ったと思います。
高校や大学の友達を見ていても如実に分かります。


これに対し,少年事件を犯す子ども達の家庭は大抵の場合,全然違います。

殴る蹴るが,当然の文化?のようになっている家庭は少なからずあるようです。

尾崎豊の歌じゃないけど,
そんな少年は,自己イメージも低く,しかも本当に家庭に居場所がない。


このように,言われた方が居ました。とても分かりやすい喩えだと思います。

    「我々が旅行を楽しめるのは何故か。
    それは旅行の後に帰る家がちゃんとあるからだ。

    だから,もし,旅行の途中,家が火事で焼失したとの知らせを受けたとする。
    そうなったらもう,旅行を楽しむどころでは全然無くなってしまう。
    意気消沈してしまう。

    それと一緒で,子どもには帰る場所が必要である。
    子どもなればこそ,尚更必要である。」

    「親元を離れても元気で暮らしていける子どももいるが,
    それは,いざとなればいつでも帰る家があり,愛情のある親がそこに居るからだ。」



私が,かつて転勤族として全国を回れたのも,ひとえに親のお陰があったからこそなのです。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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