397 建国記念日ブログと,一宮市教委の言論弾圧(日教組の圧力に負けた?)

日本国が正規に休日ところ定めている建国記念日にちなんで,その前々日あたりに
一宮市の中学校校長先生が書いた素晴らしいブログを
市教委が屁理屈をこね回して「断定的」として削除させたようです。
→PDF愛知・一宮市立中学校長の素晴らしいブログ全文

はじめのブイも言っていたように,歴史には解釈は付きものだ。
しかも今回の場合は,長い間,国の方針ないし解釈としても,建国記念日という形で,校長先生の考え方に沿う方向性をかねてから明確に示している。

従って,仮に教育の見地からしても,
削除させるには当たらないし,むしろ全く正当でない。
建国記念日を制定した趣旨を否定するのに等しいから。

    少なくとも,後のブイの公務員杉山がいうように,引用元等を注記させればよく,削除までは求めてないと明確に説明しておかなければならない。



公の立場とはいえ,個人のブログを削除に持っていくのは,言論弾圧,
憲法21条違反として許されない。

表現の自由とは,表現活動は,自由な市場による意見交換により淘汰していけばよいという原則
予め自粛させるという観念は含まれていない。
それこそが最も卑劣な言論弾圧である。
(そして言論弾圧の最たるものが,テロだ。中国共産党のようなやり方のことだ。)


教育の議論としても,削除までさせるのは過度の干渉であり大問題だが,
しかしながら,同時にブログという日本中,世界中に向けた発信ツールであることからして,表現の自由の問題になるはず。

そうだとすれば,最大でも注記の追加を促すだけで足りるし,それに限定しなければならない。
なおかつ指示の際,決して削除までは求めるものではないことをくれぐれも,校長先生に説明する責務が市教委にはある。


ところで,市教委が,日教組から抗議を受けて,校長に指図したとしたら,それこそ大問題だ。
なぜなら,最高裁判決(学テ事件)でも,日教組の教育の自由は認めていないからだ。

    首相の「日教組!!」のヤジは問題だとされたけれども,こっちの方が遙かに問題。



注記以外に,ブログの存続は可能であり,仮に一旦削除しても,注記等があれば復活はぜんぜんOKだと説明する責務が市教委にはあるのではないか。

→【産経新聞】神話や建国記述「間違ってない」「感動した」 一宮市教委の注意で削除の中学校長ブログに激励

【22分59秒から】

竹田恒泰氏怒る:
「日本書紀という政府が編纂した公式な歴史書物,すなわち公文書に書かれている」と。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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