381 子どもの面会交流・・・・子どもを最後まで信じて。

お父さんとしては,家族,とりわけ子どものため,
仕事を精一杯する一方で,余暇は殆ど子どもと接してきた。

にもかかわらず,妻との不仲,その他の原因で,別居/離婚。

裁判でも,精一杯親権の主張しても,結果は厳しいもので,
子どもの親権等も認められず,子どもと離ればなれになってしまった。

    日本の裁判所は,別居or離婚の際,
    未だ共同親権,共同監護権は認めていないのです。

すると,お父さんは,すっかり元気をなくしてしまい,
また妻に対する腹立たしさ等もあって,
婚姻費用や養育費をつい怠りがちになったり,
最後は子どもを諦めてしまうケースも実際は多いのかもしれません。


しかし,このブログでも繰り返していますが,子どもは神です。

仮に,裁判の限界等によって,結局奧さんとのハンデが大きく付けられてしまったようでも,
そして,奧さんの都合ばかりが裁判所に認められたかの不公平感を抱く結果を感受させられたとしても,
子どもの見方は全然違います。

優しかったお父さんが,こうして辛い目に遭いながらも,
変わらぬ愛情と誠意で精一杯仕送りをしてくれ,
かつずっと面会を求めてくれる。

となると,やはり,子どもは分かります。
父親さえびっくりするほどに,よく育ち,また親孝行の気持ちが芽生えます。
たとい,母親に義理立てしていても,父親の良い面を最大限吸収し,拡大発展させようとします。


私が知っている例で,
夫の借金(保証倒れ)のために,結局仲違いとなり,
奧さんが,子ども2人を連れて出て行った例があります。
それでも父が10年以上,婚姻費用の支払を継続し,かつ面会を求め続け,最後,2人が大学まで出るところまで支援を続けました。
その後,夫婦は正式に離婚しました。

が,子ども達は,行く行くは父親のあとを継ぎたいと口々に言うそうです。
「昔自分が育った家は,古いけど壊さないで欲しい。」
「直して住みたい。」

おそらく母親を捨てるということではなくて,
子どもが両方の家を行き来する等をしつつも,父親へのシフトを開始する意味だとは思います。


繰り返しますが,子どもは神。

両方の愛情を受け続けたことにより,
両親の異なる,否,正反対の?遺伝子を受け継ぎながら,
両親を共に超え,かつ両親を包み込む存在に成長するのかもしれません。

最後の最後まで,子どもを信じてあげて欲しいです。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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