334 宝くじの問題点。改善点多し/野球賭博を導入する前に。

私は,宝くじは時々買います。
昨年末のミニジャンボでは7000円が1つ当たりました。

かつて最高額は3万円の当選があります(2回)。

毎年買うわけではないにしては,結構当選しているかもしれません。

    周囲の人に言わせると,こんな程度でも凄いとよく言われます
    ただ,他人はこうした場面で自分のことを正直に言うとは限らないので分からないですが。



宝くじの問題点を挙げます。

最大の問題は,なんと言っても,売れ残った,死票ならぬ,在庫の死くじにも当選があること
問題の核心かもしれない。

    国民が買ってもいない,市中に出回っていない札にまで当選があるなんてそ絶対におかしい。
    死くじに当たれば,それをどうしようかは,胴元の自由裁量にもなり得る。
    少なくともその疑いが残ってしまうことになる。それを払拭する説明は一切ない。
    誰に当たったかは個人情報-極秘事項だから,不正操作は理論的に可能だ。

      インサイダー取引だ。
      つまり,宝くじ協会の内部取り決めで,今年は理事長が,来年は従業員団体が当たり死くじを貰える,とすることも理論的には可能になる。
      少なくともその問題点に対する説明責任は全く果たされていない。

        そして税金すら掛からない。
        しかも税金が掛からない以上,税務署は税務査察ができないことにもなりかねない。
        宝くじがあたったとして当選くじそのものか,カラーコピーでも持っていればよい。
        泣く子も黙る税務査察を回避できるとは,まるで一種の治外法権のようだ。
        税務査察が免れる大金なんて,まるでパラダイスだ。

    加えて,現行制度のように,
    販売末日から約10日後の抽選だとすると,抽選における不正が入るおそれもないわけではない。
    コンピューター制御で何番に当たり出すか決めることは,本当に簡単なことだ。
    販売締め切り直後(例えば締め切り日の夜8時)に直ちに抽選するのであれば,不正を疑うのはしにくいかもしれない。
    何故なら販売終了時点直後では全国の死くじの集計が未だできていないであろうから。

    まさかまさか,こんなことはしていないだろうが,
    販売終了後,仮に死くじを増刷したとしたらどうなるだろう(あくまで理屈上の話)。
    販売終了後即日即時抽選すれば,そんな企てすら,完全に封殺されるはずだ。
    国民はこれを疑う余地は完全に喪失し,安心する。

    ただ,それでも,死くじに当選を認めれば,一定番号のくじを予め流通させない(売らない)で,
    わざと胴元に留め置いて死くじ化させることだって,理論上不可能ではない。

このように,死くじも当選の対象にするなんて,国民を馬鹿にするにもほどがある。

不正の温床である。少なくとも不正の温床になり得る。
何よりも,不正の有無そのものよりもむしろ,不正がないことを国民に説明し納得させる手続や手段がないことこそが問題なんだ。

国民が買ったくじにだけに当たるのであれば,少なくともこれらの疑問点は全部なくなる。

そもそも翻って考えるに,
国民がお金を払って宝くじを買ったからこそ,お金が集まり,配当金を捻出できるわけだ。
にもかかわらず,その国民から出たお金による配当金が,国民が買えなかった死くじに当選が出て,
買った当の国民が外される制度は,実は大変な問題であろう。
だまし討ちのようなものだろう。



第2の問題点は,販売者が多すぎること。
例えば,米国の宝くじは,1箇所で全部管理しており,そこにお金を送金したり,クレジットや銀行決済で送金して宝くじを買うシステムになっているから,従業員が少ない。

これ対し,日本の宝くじは,日本中に店舗を構えて販売している。
従って,各従業員の給与はもちろん,店舗建設費用及びランニングコストが必要。
その中には設置場所の費用(賃貸借費用)が当然かかるはず。

それでは,その分宝くじの当選金が少なくなるし,
またそれにかこつけて,より制限しやすくなる。
「経費が多く掛かっているから」と言えば済むことになる。

しかもそもそも従業員は,組合を持てば,当局に対する圧力団体になる。
結局,国民後回しが当然のようにまかり通る。
要するに,莫大な人数の従業員が全員,「私は胴元だ」との権利意識を持つことになる。

労働者の権利というと美しい話かもしれない。
「私達の生活はどうなるのよ」と言われると誰しもひるむ。
しかし,米国のようにオンラインや現金書留等により決裁して買えば済むものを,
なぜわざわざ全国に販売店を設けなければならないのか,
そしてそのためになぜ当選金額がぐっと減らなければならないのか,
宝くじを買う人間にとっては,全く以て理解できない話だ。

    嫌なら買うなって?
    でも,前記のとおり,不正の温床があり得ること自体は当然問題提起しなければならない。
    また,後記第4のとおり,特権を行使して,他の競合相手を排斥している以上は,「嫌なら買うな」は筋違いだ。



第3に,宝くじを扱った書籍が全くと言ってよいほど出ていない。
内情を詳らかにしたムックすら,殆ど無い。
これほどの国民的行事に対して・・・・。

    最近,マスゴミの問題点は皆知っているように,
    やたらと自己規制して表現しない自由をフルに発揮すること。
    宝くじは利権の巣くつであるから,かなり自己規制している疑いがある。

    あたかも,北朝鮮の拉致問題を報道せず,むしろ
    日朝友好の前には拉致犠牲もやむなし!みたいな
    馬鹿げた報道振りが長年続いたのは明白な事実だ。
    日本のメディアの恥ずかしい汚点の最たるものの1つだ。



第4に,外国の宝くじを買うことを違法だと決めつけることだ。
自分達だけ特権を行使することだ。

もちろん,賭博は刑法で禁止すべきだし,むしろパチンコは違法化して欲しい。
依存症の問題は極めて深刻である。車に置き去りにされた赤子が亡くなる事故が多発している。

しかし,やくざの賭博やパチンコならぬ,
透明性と公平性の高い先進国の米国やドイツの宝くじを買うのをなぜ違法にしなければならないのか,
日本の宝くじよりもよっぽど,公平公正なシステムを採用しているのだ。

    米国やドイツに対し,「日本の宝くじやパチンコは賭博ではないが,オタクの国の宝くじは賭博だから違法だ!」と言ったら,さぞかし怒るだろうね。
    っていうか,「アタマ,大丈夫?」って,逆に心配されるでしょう。

要するに,官界が一致団結して,
各種賭博利権,そしてここでは,宝くじ利権を守ろうとする動きにほかならない。


日本のお役所やその利権団体の間違いは,
不正の有無の問題と,不正が起こりうる可能性の払拭=公平らしさ,正当らしさ
とはそもそも別問題だということを理解しないことである。

ガラス張りにすることの意味を全く分かっていないことである。

もとより,上記の日本特有の官僚流のシステムで,本当の意味で不正があるとは断定できない。そもそも証拠がない。
しかし,納得のいく説明は何もない。プライバシーを盾に証拠を開示しない。

    仮にインサイダー取引の有無という1点のみの調査,
    例えば内部の人間の当選の有無を確認しようとしても
    「内部の者とはいえ販売期限内に購入した可能性もあるし,抽選は公平だから,内部当選者の氏名は公表できない」
    と言われるのがオチであろう。

公平らしさ,正当らしさは,国民には何も伝わってこない。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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