317 最高裁判事の国民審査は期日前投票できない。

私は,14日の総選挙の日が交通事故現場検証等で忙しいので
衆議院選挙は,期日前投票をしてきました。

ところが,最高裁判事の国民審査投票の用紙はもらえませんでしたし,
現に期日前投票できていません。


最高裁判事の国民審査は,三権分立の一翼を担う最高裁といえど,
国民主権原理の下にあるのだから,
一方で裁判官の独立性を憲法で保障しつつも,10年の任期中一度だけ
主権者である国民の意思を問うことをもすることにより,
裁判権の行使についても民主的コントロールを及ぼそうというものです。

なお,ここでいう,国民主権原理とは,必ずしも選挙民による選挙とは少し違います。

ここでいう国民は,三権分立を含む憲法そのもの,大元を支えている抽象的一般的全国民のことです。
未来の国民をも含めての観念です。
選挙民<国民(憲法制定権力者としての全国民)

    ただ,文字通り全国民の意思発動はできませんので,現在の選挙民に仮託して投票をするわけ



最高裁判事は,国会議員等とは違って,選挙民に直接選ばれた人間ではなく,
官僚として,その任用手続に従って採用された人種です。
ところが,国民の権利義務に影響を与える重要な判断をするのです。

もちろん,国会議員とは違いますので,最高裁の判断が政治勢力の影響を受けるべきではありません。
それが裁判の独立です。
しかし裁判の独立とは,独善を認める趣旨ではないのですから,
時代おくれの判断,自己保身,官僚主義,組織防衛等に凝り固まった判断になっていないか等々は,国民の立場で当然厳しく審査されるべきです。

    参考までに言うと,
    例えば,憲法の模範となった米国憲法の下では,
    連邦最高裁判事の任命について,上院の公聴会が開かれ,
    それこそ情け容赦ない質問が,民主党及び共和党から浴びせかけられます。
    各党は,自分達の政党に不利な判断をする最高裁判事を出したくないので,
    もちろん大人の対応はしますが,質問内容はかなり厳しいです。

    もとよりこれを日本にはそのまま適用はできませんが,
    10年に一度の国民審査如きで,裁判の独立を危殆に晒すことはなく,
    メリットの方が遙かに大きいと思われます。


このように,最高裁判事の国民審査は衆議院総選挙の単なる付け足しではないのです。
ですから,期日前投票に,最高裁判事の国民審査ができないのは,私は相当でないと思います。


もちろん,法律解釈としては,
最高裁判事の国民投票のあり方は,国の法律によって定めるとされていますから,
最高裁判事の国民審査の期日前投票を認めない法律を作ることも可能です。
ですから,これを裁判で,それこそ最高裁まで争っても無駄です。

しかし,本来あるべき姿ではないことだけは間違いないと私は思います。
たった任期10年に1回の審査機会ですから,期日前投票は認めるのが相当です。

    衆議院の解散が,平均2年超程度でなされているのと比較して随分少ないことが知れます。
    裁判の独立を保障する態度がこの期間等に現れていると言えます。
    しかしそうだとすれば,その少ない投票の機会は国民に十分に保障されるべきです。

    今回衆議院の解散に大義がないと言う大馬鹿者(マスコミ)がおりますが,それは兎も角,
    機会の少ない最高裁判事の国民審査について期日前投票をさせないのは,それこそ大義がないと思います。

ここで法律の条文に敢えて書き込まないことにより,抜け落ちさせるのは,やり方が姑息だと思います。
如何にも官僚的なやり方です。
官僚レトリックとでもいうのでしょうか。

ただ,官僚的なやり方と言っても
これは最高裁の意向や計略等というよりもむしろ,
全国の選挙管理委員会という官僚組織の手間暇の問題だと思います。

いずれにせよ,余りにもお役所的,ですね。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

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