301 交通事故の治療-医者でも親でも仕事先の都合でなく

交通事故の診断や治療は,被害者本人が自分の身体と向き合って,
身体が発するシグナルを真摯に聞き取ることが必要です。

    医師は病院経営等の都合があるだけ。
    そして親だって,親自身の都合で,早く治ったことにしろ,と暗に要求してくることがあるわけ。

    これは,前回,前々回述べたとおりです。



ところが,個人さんが自身の判断を妨げる障害として,
医師,親の都合のほかに,職場の都合もあるんですね。

例えば,自分は正社員でないために,職場に治療の継続等を言い出しにくい事情がある。
それを言えば「面倒なやつだ」として,結局クビになるかもしれない。

そうなると,身体がシグナルを発していても,無視する
気づかない振りをする,大丈夫だと自分を誤魔化すようになる。

これが残念です。


生活が苦しければ,今の仕事をクビになるわけにはいかないのは分かります。

ただ仕事は,今の仕事が唯一無二のものなんかではないのです。
しかも仕事に価値なんて,個人的な主観はともかく,そうあるものではない。

縁があればその仕事に就き,縁が無くなればその仕事を離れる。
その美しい例とされているものが,定年退職だったり,寿退社だったりするだけで,
本来如何なる退職も,その本質は全部同じです。

    そればかりか,仕事の本質も所詮みな1つです。
    元々貴賤なんてものはない,収入の多寡があるのみ。
    あとは自己満足や会社広告だけのお話
    そもそもきれい事ばかり言って仕事が成り立ちますか?
    生きていくために仕方が無くやらなきゃならんことも多いはずで,給与はその我慢料です。



医師・親・職場の都合にほんろうされ,自分がない状態を「人の支配」といいます。
しかも自分達の都合を他人に押し付ける人は,結局「いざとなれば冷たい」人たちです。
「いざとなれば冷たい」は,昔大塚製薬のCMで流行った名文句です。

しかもそういう状態は,実存主義にも反します。
実存主義とは,人が何のために生きるかを自分で決することです。
医者や親,職場の都合で生きているのではないのです。

    これを自分の人生と明確に認識して,医師・親・職場のために生きていく覚悟があるなら結構ですが,そんなの続くわけがないでしょう。

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

カテゴリー:弁護士民事裁判交通事故

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