126 裁判員の判断の破棄

はき11

破棄

裁判員の下した判決を最高裁が破棄しました。

弁護士としては,有り難い判断でしょうか。

刑事事件は,入口は入りやすいけれども,実は本当に高度で,哲学的にも深い。
エリートと言われる裁判官だって,本当に悩んで判決していると思う。

    だから量刑相場等があると,ほっとしたりもするわけ。
    また事件毎のバランスが取れるというメリットはあるかも。



ただ,それでも,裁判員が悩んだ末に出した判断を覆すのがよいのかね。

    虐待って拙いんだし,これを考慮しない量刑というのって,ありですかしら?
    子どもは,本当に辛く寂しく,無念そのものだよね。

    尾崎豊なら,「か弱き?大人の代弁者になるな」と怒り狂うだろう。



量刑というのは,時代の中でも変化してきたものもある。
例えば,強姦殺人は一発死刑だったのが,それを後にしなくなったとも言われている。

逆に,時代の流れとともに最高裁によって変えられた量刑もあると思う。

    裁判員だったら変更してはいけないのかな?,
    それもちょっと時代遅れの感がある。



もう一つ,裁判員制度の始まる前から
親殺しとか親を死なせた者は重いのに,子どもを死なせると軽いとの非難は伝統的に存在した。
刑法という法律そのものが不公平ではないかという非難も昔からある。

    勿論親殺し等を軽くする理由もないにせよ,子どもなら軽くてよい,ということもないはず。
    親は大人だから逃げられたり,知恵を使えるけど,子どもにはできない。
    子どもは親に頼るほかなく,親にされるがままになってしまう。

    考えようによっては,そんな子どもをいたぶり殺す方が悪質!

    何か,親の一種の既得権益みたいに見えてくる
    他人の子どもに対してしたら,その程度で済むかしら。
    しかも他人の子と違って,被害者の遺族・親が損害賠償することさえできない。

また,虐待の問題は,最近出てきた問題。
刑法ができた頃は,昨今の子ども虐待は予定していなかった。

要は,子どもを死なせる傷害致死が伝統的に軽すぎやしなかったか,も考える必要があるかもしれません。

    立法論の問題にすぎないかもしれませんが,ただそれだって,それなりに解釈で補っていけないということではない。



私も裁判員裁判の弁護人であれば今回の弁護人のような主張は一応するけど,本当にそれで良いかはまったく分からない。

また刑法の法定刑も時代の流れに応じて変えるべきだ。
(例えば贈収賄とか。)
今回の判決は,そのような意味をも含めて,時代遅れな気もする。

    まして,裁判所の権益確保という考えなら,およそやめた方が良い。

    公務員のすることは全て正しいとかも本当にナンセンス。
    だから国家賠償の要件も厳しいとするようなことももはや時代遅れだ。

→736 殺人罪の法定刑(5年~)は軽い?-重罰法改正のとき最高裁は?

                    -byフローラ法律・岡崎 from 2013.3.24-

カテゴリー:The Rule of Law刑事問題

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